上宮津(かみみやづ)
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京都府宮津市上宮津地区 京都府与謝郡上宮津村 |
上宮津の概要《上宮津の概要》 宮津市街地を流れる大手川(宮津川)の上流域で、普甲山の麓から山間部に位置する地域である。 近世の上宮津郷で、江戸初期の村名。丹後国与謝郡のうち。村高は「慶長郷村帳」に1、189石。「延宝郷村帳」以降、小田村・喜多村・今福村の3か村に村切りした。宮津庄の南部にあたり、下流の宮津湾沿いの下宮津郷(宮津市場)に対応して呼ばれる。 近代は上宮津村で、明治22年〜昭和26年の与謝郡の自治体名。小田・喜多・今福の3か村が合併して成立した。旧村名を継承した3大字を編成する。昭和26年宮津町の一部となり、村名は解消。村制時の3大字は宮津町の大字に継承された。現在も通称として使われる地名である。 《上宮津の人口・世帯数》1420・580 上宮津の主な歴史記録《丹後与謝海名勝略記》(貝原益軒)
《丹後宮津志》
関連項目 |
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【参考文献】 『角川日本地名大辞典』 『京都府の地名』(平凡社) 『宮津市史』各巻 『丹後資料叢書』各巻 その他たくさん |
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