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川守郷
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川守郷の概要《川守郷の概要》 「和名抄」丹後国加佐郡十郷の1つ。中世の河守荘。鎌倉期から見える荘園名。 郷域は、現大江町に河守の地名があることからこの河守を中心とした地域と考えられる。 河守に北から流れ込む宮川流域の梅ケ平から縄文−弥生時代の遺物が出土し、流域一帯には円墳が分布する。下流域の河守で宮川が合流する由良川沿岸でも宮山を中心に多数の円墳や遺跡がみられる。 川守というのは何の事かはわかってはいない。 残欠の記事によれば、由良川水運と関わる地のようにも考えられ、漢字の通りに川を守るという意味かもしれない。あるいはそうした先入観から残欠の記事が書かれたかも知れない。 ![]() しかしここは背後に大江山と呼ばれる金属資源豊かな山を持ち、古くより金属と深い関係の地で、古代より玖賀耳御笠や麻呂子親王や渡辺綱の活躍した、全国の三歳の子でも知っている「大江山の鬼・酒呑童子」のこここそがその本場である。(それに較べると水運は普通は何も語られない)。だから籠り、コモリあるいはカゴといった金属精錬用語と関わると思われる。タタラ製鉄の場合は火を入れた最初の日、製鉄の初段階をコモリと呼んでいる。 神社には一宮から五宮まであり、祭神は丹波道主命あるいはその五子としている。 さらには元伊勢といわれる内宮・外宮がある。 その奥には河守鉱山があり、大江山鬼伝説がある。 この地だけでなく全国各地にもコウモリ・コモリなどの名が残るので、それらから考えていくより方法はない。 川守郷の主な歴史記録《丹後風土記残欠》〈 ![]() 川守郷。川守ト号ル所以ハ、往昔、日子坐王土蜘陸耳匹女等ヲ遂ヒ、蟻道郷ノ血原(今の千原)ニ到ル。先ニ土蜘匹女ヲ殺ス也。故其地ヲ血原ト云フ。トキニ陸耳降出セント欲シ時、日本得玉命亦下流ヨリ之ヲ遂ヒ迫ラントス、陸耳急チ川ヲ越テ遁ル。即チ官軍楯ヲ列ネ川ヲ守リ、矢ヲ発ツコト蝗ノ飛ブガ如シ。陸耳党矢ニ中リ、死スルモノ多ク流テ去キ。故其地ヲ川守ト云フ也。亦官軍ノ頓所ノ地ヲ名ツケテ、今川守楯原ト云フ也。其時、舟一艘忽ニ(十三字虫食)其川ヲ降ル。以テ土蜘ヲ駆逐シ、遂ニ由良港ニ到リ、即チ土蜘ノ往ク所ヲ知ズ、是ニ於テ日子坐王陸地ニ立チ礫ヲ拾ヒ之ヲ占フ。以テ与佐大山ニ陸耳ノ登リタルヲ知覚シキ。因テ其地ヲ石占ト云フ。亦其舟ヲ祀リ楯原ニ名ツケテ舟戸神ト称ス。(以下三行虫食) ![]() 《注進丹後国諸荘郷保惣田数帳目録》 〈 ![]() 卅四町二段分 享徳元年新宮国分寺段銭致沙汰之 此外 公方御免之由申之 ![]() 《丹後国加佐郡旧語集》 〈 ![]() 古城 上原徳寿軒居城也 細川藤孝丹後入国之以前ヨリ降参ス故旧領如以前被下 居城ハ其後京極ノ時代家臣岩崎豊後居城也 今ノ茶屋ハ舘ノ上ノ山也 青園寺 鎌鞍山 四徳院トモ云 丹後七仏薬師ト云像有 金丸親王御一代御働絵図二巻悉ク書此寺ニ有 大江山岩穴鬼賊楯籠山ノ木ヲ切ラシメ窟ノ口ニ詰テ焼殺シ給フト云 内裏屋敷 金丸親王三年御座有シト云 眞井原 丹後ノ内ニ同名三カ所根本比治山ナラン 国分未無之国ニ名モナキ神代ノ内丹後五郡ノ惣名ナラン 神書ニ比治卜府中ト河守卜三ヶ所也河守卜云モ篭ノ訓ナラン ![]() 《丹後旧事記》 〈 ![]() 凡当国神社の初は崇神天皇即位六年乙丑秋九月大和国笠縫より殊磯神籬を立て天照大神及草薙の劒を加佐郡神守の地に移し奉り皇女豊鋤入姫命いつき奉るの垂跡内宮村とてあり。其後卅九年壬戌天照皇太神與佐の宮に迂幸ましまし倭姫四年を経て斎奉る是よりさらに倭国を求め玉ふ此年秋七月七日豊宇気比売神比治の真名井原に天降り與佐の宮へ通ひ御貢を奉り四十三年丙寅大和国伊豆如志の宮に移り玉ふ八年をいつき奉りぬと倭姫の世記に見えたり。又谿羽道主命も此朝十年四道将軍の勅命を受て比治の真名為原にいまして四方を治一国に豊宇気持命を祭らせ豊宇気比売は此神の化神成事を教祭らせ比治真名為原咋石嶽に豊宇気持神玉死ふひし形とて岩面に黒き人の影顕られたり。是を以て神崇む事当神社の始めなりと伝ふ延喜式に六十五社あげたり。 ![]() 《地名辞書》 〈 ![]() ![]() 関連項目![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() 資料編の索引
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【参考文献】 『角川日本地名大辞典』 『京都府の地名』(平凡社) 『大江町誌』各巻 『丹後資料叢書』各巻 その他たくさん |
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