丹後の地名

旧・東雲村(しののめむら)
舞鶴市三日市・上東・下東・中山・水間


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京都府舞鶴市三日市・上東・下東・中山・水間

京都府加佐郡加佐町三日市・上東・下東・中山・水間

旧・東雲村の地誌




《旧・東雲村の概要》

東雲村は舞鶴市の北西部。由良川河口右岸に位置する旧村であった。現在はKTR宮津線の「東雲駅」に名残を留めるくらい。
東雲村は明治22年〜昭和3年の加佐郡の自治体名。三日市・上東・下東・中山・水間の5か村が合併して成立した。旧村名を継承した5大字を編成した。
村名の由来は由良川(=大雲川)の東岸にあたることによる(加佐郡誌)。役場は下東に設置。大正12年国鉄峰山線のうち舞鶴〜由良間が開通、翌13年には宮津まで延長され、村内に東雲駅が設置された。大正14年の戸数246・人口1、314。昭和3年八雲村の一部となり、村制時の5大字は八雲村の大字に継承された。
KTR東雲駅(舞鶴市水間)
《交通》

《産業》


旧・東雲村の主な歴史記録


《加佐郡誌》
 〈 東雲村。往時凡海郷由良庄に属したもので、今の名は大雲川(由良川の一名)の東岸の意から出たものである。三日市、上東、下東、中山、水間の五ケ字から成っている。参考。中山の名は古くから著はれている。足利氏の晩年に一色氏の臣沼田幸兵衛が此処に居城を築いて居たが、天正六年四月に一色義通が之に依って細川氏に攻められた。

東雲村
(一)戸数  二四六戸
(二)住民 男 六六九名 女 六四五名 計一三一四名
(三)生業の一般
   大部分農業に従事し、商家としては唯中山部落に、酒造業一戸、雑貨及呉服商菓子商各々二三戸あるばかりである。
(四)主要物産
   米 一、六七五石  五一、七六七圓   麦    三一六石    四、八八〇圓
   酒 一、三九四石 一〇三、八〇〇圓   繭 一○、四九一貫 二三○、四八九圓
  林産物  一、六七三圓   園芸農産物  一二、一〇〇圓
(五)人情一般
   大部分農業を本業とし、一般に敦厚質朴であったが、鉄道宮津線の開通と共に漸次浮薄の萌芽がみえて来た。この際大いに社曾教育機関の活動を促し、質実剛建の思想を鼓吹し、悪風の侵入を防ぐ事に努力しなければならない。
(六)各種団体名
    軍人曾 青年団 戸主曾 婦人会 女子青年曾  〉 




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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『舞鶴市史』各巻
『丹後資料叢書』各巻
その他たくさん





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