丹後の地名 越前版

越前

長谷(ながたに)
福井県敦賀市長谷


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福井県敦賀市長谷

福井県敦賀郡粟野村長谷

長谷の概要




《長谷の概要》
野坂山の北東麓、近畿若狭道の敦賀南インターがある。もとは野添某の開発によることから野添村と呼ばれたが、康安2年(1362)に朝廷から下賜された観音像が大和国長谷寺の観音と同木で作られたという由緒があり、それにちなんで、のち長谷村と改められたという。寛正三年(一四六二)二月一〇日付長谷玄橘田地売券(西福寺文書)に「長谷」とみえる。
近世の長谷村は、江戸期~明治22年の村。はじめ福井藩領、寛永元年(1624)小浜藩領、寛文8年(1668)からは安房勝山藩領。明治4年加知山県、以降敦賀県、滋賀県を経て、同14年福井県に所属。「滋賀県物産誌」に戸数50・人口243、物産は莚3,550束・菜種5石・縄525束。同22年粟野村の大字となる。
近代の長谷は、明治22年~現在の大字名。はじめ粟野村、昭和30年からは敦賀市の大字。明治24年の幅員は東西4町・南北7町、戸数47、人口は男125・女135。昭和22年復員者・引揚者・被災者への就業対策、また食料危機の応急措置として定められた「開拓事業実施要領」に基づき、長谷にも復員者3戸・引揚者5戸・被災者2戸・地元住民2戸の計12戸が入植したが経営は必ずしも安定せず、同31年に不振地区の査定をうけた。


《長谷の人口・世帯数》 433・153


《長谷の主な社寺など》

御堂山古墳
五社神社背後の御堂山に御堂山古墳(後期古墳)がある。

五社神社

御堂山(おどうやま)の五社神社は旧村社。祭神は天照大神・武雷命・仲哀天皇・神功皇后・応神天皇。境内社に稲荷神社がある。応安元年(1368)勧請と伝える。
『敦賀郡神社誌』
村社  五社神社  敦賀郡粟野村長谷字御堂山
位置と概況 本區堂山を隔てゝ御名區に東隣し、西南は野坂山の連峰で、西は九町にて野坂區に、北は砂流區に隣し、敦鶴鉄道は區内の西南部を横斷してゐる、當區は往昔野添村と呼んだ、これ野添某が此の地を開拓した處から起つた名稱で、康安二年朝廷その開拓の功を嘉賞し給ひ、觀音像を野添某に賜ひ、これを安置したと傳へてゐる。蓋し此像は大和國長谷寺の觀音と同木を以て作られた因緑から、後世野添村を長谷村と改稱したので、今尚當區の朶村を野添と稱へてゐると云はれてゐる。鎭守五社神社は區の中央に座し、孤立せる丘陵の麓にて、恰も、背後は山陵形の古墳に似てゐる。域内は石垣を以て三區に分り、即ち入口は高さ二尺の石垣を前面一文字に設け、更に進めば高さ二間の石垣に二十級の石階を設けてある。これを踏んで拜殿に至る、こゝより更に四・五尺の石垣を築き、設けられた數級の石階を上ると、本殿は西面して鎭座し給ふ。社域の北方に足觀音と稱して観音堂が隣接し、社域入口の北側に集曾場が觀音堂と十数間を隔てゝ相對してある。境内の樹木は多からねど、老松三・四本は幹圍相當にあり、古色を帯び自から由緒古さを推想せしめる。
祭神 天照皇大神、武雷神、仲哀天皇、應神天皇、神功皇后
由緒 當社の由来を按ずるに、康安元年の勧請と傳へ、往昔より五社大明神と尊稱し奉り、明治九年七月十七日村社に列せられ、大正十三年一月十一日神饌幣帛料供進の神社と指定せられ、大正十四年背後丘陵の一部を切擴げで、本殿の位置を僅か後方に移転し修築した。
祭日 例祭 五月五口 祈年祭 三月二十八日 新嘗祭 十一月二十六日
特殊行事 一月十九日新年祭當日には、戸主の後継者にて十五歳となったものが、米二斗を區へ醵出してその披露をする、これは舊時の元服の遺習と思はるる。

曹洞宗長谷(はせ)

曹洞宗長谷寺は、正保4年玄久により創建。五社神社の隣にある。


曹洞宗養徳院
曹洞宗養徳院(通称は養徳庵)は宝暦7年の創立。

曹洞宗白厳山宗福庵

宗福庵、、松島永建寺末、明和元年創立。
寺院は長谷寺・宗福庵・養徳院.・一峰庵・洞雲庵の5か寺があったが,一峰庵・洞雲庵は廃絶した。
『敦賀郡誌』
長谷寺、曹洞宗、莇生野幸松寺末、正保四年、僧玄久創立。寺に観音堂あり、足観音と稱す、足を病む者に霊驗ありとて、祈る者多し、正平十七年(貞治元年)の開基なりと云。 宗福庵、曹洞宗、松島永建寺末、明和元年創立。 養徳庵、同宗同末、宝暦七年創立。 廃寺、一峯庵、同宗同末。洞雲菴、同宗、敦賀永賞寺末。


《交通》
敦賀南インター

《産業》


《姓氏・人物》


長谷の主な歴史記録




長谷の伝説






長谷の小字一覧

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『福井県の地名』(平凡社)
『敦賀郡誌』
『敦賀市史』各巻
その他たくさん



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