丹後の地名 越前版

越前

関(せき)
福井県敦賀市関


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福井県敦賀市関

福井県敦賀郡粟野村関

関の概要




《関の概要》
昔の国道27号で行けば、若越国境の関峠を越えて敦賀に入ったところのある最初の集落。古い時代に関所があったのであろう。
中世の関村は、室町期~戦国期に見える。越前国敦賀郡野坂荘のうち。応永29年(1422)3月17日の斯波義淳西福寺寺領安堵状(西福寺文書)に「金山郷内関村」とあり、当村の西福寺領が安堵されている。大永2年(1522)11月24日の朝倉氏府中奉行人連署状(同前)に「関之道場右衛門」と見えて当地に道場があった。
近世の関村は、江戸期~明治22年の村名。敦賀部のうち。「正保郷帳」では金山村の一部とされているが、のち金山村の枝村として独立した。はじめ福井藩領、寛永元年(1624)からは小浜藩領。享保12年(1727)の家数42(高持22・無高18・寺2)・人数198 (男97・女96・山伏2・出家3)、馬9・牛6。明治4年小浜県、以降敦賀県、滋賀県を経て、同14年福井県に所属。「滋賀県物産誌」に、戸数58・人口256、物産は石灰600俵・莚1,000束・蕎麦1石5斗・生茶210貫・桐実72石・櫨実100貫・炭8,500俵・薪500束・桑200貫・縄350丸・萱1,500束。同22年粟野村の大字となる。
近代の関は、明治22年~現在の大字名。はじめ粟野村、昭和30年からは敦賀市の大字。明治24年の幅員は東西15町・南北4町、戸数55、人口は男136・女137。治31年字長瀬川で銀・銅・鉛鉱の試掘が行われた。

《関の人口・世帯数》 232・79

《関の主な社寺など》

歌が谷
歌が谷は古く敦賀~琵琶湖間の水路開削の調査のために平重盛が3年間滞在した所と伝えられ、重盛の墓と称される無縫塔が残るという。「若州管内寺社什物記」には「其ノ所ニテ野坂岳ノ歌ヲ被遊候ユヘ于今其処ヲ歌が渓卜申シ候、石塔モ御座候」とある。「敦賀志」は「野坂山の西つら此里近き所に歌か谷と云処有て、里俗小松内府の事、且古石塚有といへ共信しがたし」と記す。歌が谷へ入る道と若狭街道・丹後街道(旧国道27号)が交わる辻に石仏が祠に安置されており、正和2年(1313)六月三日の銘文があり、郡内最古の石仏という。歌渓院とは旧国道を挟んだ向かい側の地のようである。

八幡神社

氏神の八幡神社。寛平9年(897)の勧請と伝える。境内社は稲荷神社・山神神社。山神神社は明治43年村内にあった山神神社・愛宕神社・神明神社を移転合祀したものという。境内には数十株のヤブツバキ林があり、市天然記念物。また当社の彼岸祭は県民俗文化財。なかでも謡曲に合せて奉納される「雄蝶・雌蝶の舞」は優雅で気品に満ち、近隣からの見物客も多いという。
『敦賀郡神社誌』
村社  八幡神社   敦賀郡粟野村関字村中
位置と概況 本區は本村の最西端に位し、西南北の三面は山嶽屏峙して、西方は關峠を經て三方郡山東村に接し、北方は山を負ひ東南方は野坂區に隣し、東方は十一町にて金山區に近接し、人家の多くは若狭街道に沿ふてゐる。當區は若狭國との境界で昔時は要害の地としで關所を許け吏を置き通行人を訊したので、今にこの關所を脱したぬけ道と云ふ山路がある。本區の氏神八幡神社は、區の南端に西面して鎮座し給ひ、境内地は人家の位置よりも高く、拜殿正面には高さ四尺の石垣を築きそれに板玉垣を設け、石垣の中央正面に八級の石階を設け、床割式拜殿を過ぎると本殿にて、南北両側に末社及び遙拜所がある。社域の西南方に敦鶴鐡道逎じ、社殿の背後には老樹古本の林立せる廣き社域を隔てゝ浄土宗歌谿庵といふのがある。歌谿庵は小松内府の舊跡、歌ヶ谿にありしを此處に移轉したりと傳へてゐる。南方には社務所、北方には青年會の集合所がある。東方田野を隔てゝ山麓に迫り遙に粟野驛を見る。社域は銀杏の大木椎・タモ・欅・杉等の老樹多く、蓊鬱として晝尚暗く森閑にして皆々森巌の情を深からしめる。本殿の外殿は萱葺にて、垂木等は皆縄を以て結び釘類を用ひず、全く太古の建築を偲ばせてゐる。その簡古清楚の建築が却つて輪奐の美、莊厳の麗よりも仰々しく、夜警の撃柝の響きも身に泌む思ひがする。
祭神 應神天皇、配祀 天照皇大神、火具土命、經津主命、大物主命、大山咋命
由緒 當社の由緒を按ずるに、寛平九年四月の勧請なりと云ふ。往昔より八幡社と尊稱し敬神厚き社である。明治九年七月十七日村社に列せられ、明治四十三年九月七日の同區平山(タヒラヤマ)地籍鎭座愛宕神社祭神火具土神・神明地籍鎭座神明神社・祭神天照大神・劔谷地籍鎭座祭神經津主命・平山地籍鎭座金比羅神社祭神大物主命・大瀨川地籍鎭座山神神社祭神大山咋命を合祀した。大正三年一月十一日神饌幣帛料供進の神社に指定された。
祭日 例祭 五月五日 所年祭 三月二十三日 新嘗祭 十一月二十五日
特殊神事及び行事 神武天皇遙拝祭 四月三日神武天皇遙拝祭又は悪魔祓とも稱してゐる。この日神社の齋庭に南方に向ひで遙拝所を設け、本殿同様の神饌を供へ、本殿に恒例祭遙拜所に遙拜祝詞を奏し、神武天皇の御神徳を稱へ奉りて祭典をする。當日青年團員は、獅子舞を神前に奉納し、それより區内戸毎に廻りて悪魔祓を爲す、午後三時頃より再び神社の広場にて獅子舞を爲すので、區民は業を休み參觀する。獅子舞は古より行はれてゐるので、當區の男子は、幼時より見慣れ聞き習にて、自然に其の智能が發達し巧妙な舞より笛・太鼓・簓・手拍子等の囃に至るまで、観客を驚かすまで圓熟してゐで圓轉滑脱の妙技に熱誠がこもり、之れが笛・太鼓の音にも、舞ふ手踏む足にも現はるゝので感激せぬものはない。獅子舞には、王の舞・劔の舞・歌獅子・四車・鈴の舞の五種ありて、特に王の舞の如き頗る威厳を有する平和な舞である。その歌詞の一節は後に追記する。
彼岸祭 彼岸講とも稱し、春の彼岸の初日・二日にかけて行ふ特殊の神事である。此の神事次第の概要は前項と共に後章に追記する。
境内神社
稲荷神社 祭神 倉稻魂命
重盛社 祭神 平 重盛
當區と平重盛公とは深き関係あるにつき祀つたのである。
神社附近の舊蹟 歌ヶ谿 平清盛が、近江の琵琶湖より敦賀港に通ずる、疏水工事を興さんとて、事業統裁のため、重盛を此の地に居住せしめた、その館趾であるといはれてゐる。館趾は當區北方五町の山麓にあり、今一株の老松の許に高三尺位の無縫塔があれども、字體明らかでない、重盛常に山水を愛し、和歌を詠まれたとて、其處に歌ヶ谿の稱がある。
   見るたびに富士かとぞ思ふ野坂山
      白きかうべにふれる白雪  平 重盛


浄土宗歌渓院

八幡神社の裏側にある。平安末期に越前守となった平重盛が峠近くの歌ケ谷に寓居を構えて「歌渓庵」と名付けたと伝えていて、丹後街道(旧国道27号)から歌ケ谷への分かれ道に正安2年銘をもつ石仏があるそうである。
「若州管内寺社什物記」に「小松ノ内大臣平ノ重盛公御建立、則チ前ノ内大臣浄蓮大禅定門位牌有之、裏書ニ治承四年四月朔日ト御座候」と記すそう。
『敦賀郡誌』
歌溪庵。 泉餐院、共に淨土宗鎮西派、原西福寺末。


《交通》
関峠↓(頂上付近)

敦賀市と三方郡若狭町の境になる。旧越前・若狭国境の峠。標高約100m。峠名は現在の敦賀市関付近に古代の関が設置されたという伝えによる。野坂山地と立石半島の鞍部にあり、丹後街道(旧国道27号。今はバイパスができて、ここを通る車の数は少ない)とJR小浜線(道路のすぐ右手。掘り下げられていて架線しか見えない)が通る、当峠が小浜線の最高地点という。峠の西の佐田村と東の関村との間には四角の石が屹立していたと国境石があったという。国境石より丹後の吉坂まで17里30町、敦賀まで2里34町、小浜まで9里という。

波除(なみよけ)地蔵

波除地蔵が祀られている。この地蔵様には津波伝説がある。
『越前若狭の伝説』
波よけ地蔵   (佐田)
若越国境の関峠に石の地蔵があり、これを波よけ地蔵という。むかし大津波があったとき、打ち寄せた津波はここで止まったという。(永江秀雄)
案内板がある。



《産業》


《姓氏・人物》


関の主な歴史記録




関の伝説

『越前若狭の伝説』
歌が溪(たに)  (関)
平清盛が、敦賀から江州海津まで七里半の間の山を掘りぬき、北
国の舟を大津へまっすぐに通るようにせよと、重盛に下知した。そ
れで重盛公は金山村へ下向し、三年の間滞在された。金山村(今は金山から分離して関という。)の谷に仮屋を建てた。その所で野坂岳
の歌をよまれたので、そこを歌が溪という。そのときの歌は次のとおりである。
  見るたびに小じかと思う野坂だけ
   消えぬるようにつもるしら雪
今も石塔がある。歌溪庵は重盛の建立したもので、重盛の位はいがある。(寺社什物記)



関の小字一覧

関  芹谷 大常宮谷 峠 立石谷 出泉谷 長田 ジョシ谷 下り河 地蔵田 神明 油ケ谷 岡 奥ノ谷 堂ケ谷 歌ケ谷 ?谷 白木 鳥越 浅ケ谷 二反田 小別当 縄手 サツマ 茶ノ間 滝ケ鼻 堂ノ前 上所 大瀬川 射矢谷 村中 下夕川 竃ケ谷 同堂 東ノ所 前田 兼状谷 御剣谷 為重 油ノ木下 分ケ作 畦高 丸山腰 金定 山田 阿弥陀堂 ムクノ木 中之谷 獅々ケ谷 大瀬川南 西大瀬川 後山 神明谷 出泉谷奥 峠谷 ガケ山 小松谷 小浅谷 平山 神明 大瀬川


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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『福井県の地名』(平凡社)
『敦賀郡誌』
『敦賀市史』各巻
その他たくさん



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