実勢(じっせ)
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京都府船井郡京丹波町実勢 京都府船井郡丹波町実勢 京都府船井郡高原村実勢 |
実勢の概要《実勢の概要》 高屋川支流実勢川が当地を源として北西流する。川沿いに耕地が開ける広大な所、集落は上流域の上実勢と下流域の下実勢に分かれる。みのりが丘住宅や老人ホームやゴルフ場などがある。府道445号(富田胡麻停車場線)が東西に貫通する。十勢とも書く。 十勢村は、戦国期に見える村。丹波国船井郡山内荘のうち。「蜷川家古文書」第23集中に、戦国期(永禄初期か)のものと推定される「御料所 丹波山内庄八ヶ村 小川殿御領」と題する注文があり、その8か村の1つとして「十勢村」が見える。 近世の実勢村は、江戸期~明治22年の村。旗本島氏知行地。明治元年久美浜県、同4年豊岡県を経て京都府に所属。同5年の戸数は上実勢村44・下実勢村36。同7年上・下合併して旧に復した。同22年高原村の大字となる。 実勢は、明治22年~現在の大字名。はじめ高原村、昭和30年から丹波町の大字、平成17年からは京丹波町の大字。 ほかに見ない地名だが、実は須知のことかも。。 《実勢の人口・世帯数》 766・311 《実勢の主な社寺など》 北西部に実勢1-3号墳(円墳)がある。三号墳は完存状態、いずれも横穴式石室で、明治43年道路新設に伴い南半分を削り取ってしまったという狐塚古墳(1号墳)は武器・馬具や須恵器を多数出土したと伝えられている。 大山咋神社 大山咋神社は草創は不詳、社伝によると鎌倉末期に社殿を再建、永禄12年(1569)・元文5年(1740)にも改築。知行者島氏は米1石を祈祷料として寄進していたといわれる。かつては馬駆神事や湯立神楽の神事もあった。 地図にはあるが、道が鹿除けフェンスで閉じられている。 『丹波町誌』には、 大山咋神社 一、所在地 実勢小字大平五四番地 二、祭 神 大山咋命 品陀和気命 三、例 祭 一〇月一七日 四、由緒、その他 創建の年月は定かでないが、弘安以前(一二七八)に既に社殿の再建が行なわれている。永禄一二年(一五六九)再建、元文五年(一七四〇)社殿の上屋、天明二年(一七八二)拝殿、寛政八年(一七九六)社殿再建、明治一三年(一八八〇)現在の鳥居、大正四年(一九一五)拝殿改築、昭和一五年(一九四〇)鳥居の建替えが行なわれた。 江戸時代は領主嶋氏累代の祈願所で毎年米一石を寄進して祈祷神事の料とした。大陰暦八月一五日の八幡祭には、帽子直垂を有用し馬場で馬駆があり、終って拝殿で三々九度の式を行ない拝礼した。しかし故あって文政一二年(一八一九)で廃止し翌年からは湯立神楽の式を行なった。現在はそれらもなく、九月一五日に境内の弓場において弓取式を催し、氏子中集って宴を楽しむ。 安政五年(一八五八)九月御室御所からの菊花御紋付釣提燈一対を御寄付を受けている。文政三年(一八二〇)明治一三年(一八八〇)昭和一五年に鳥居を再建し、大正御大礼記念として拝殿を改築した。 現在境内は八〇〇〇平方メートル、文字通り鎮守の森をつくっている。 氏子 実勢区 八五戸. 臨済宗天龍寺派照日山松岳寺 村の中央の少し高い所にある。 『丹波町誌』 照日山 松岳寺 一、所在地 実勢小字岡の段 二、宗 派 臨済宗天龍寺派 三、本 尊 釈迦牟尼仏 四、沿 革 慶安四年(一六五一)上野大円寺末として建立されたが、明治のはじめ京都天龍寺真末となった。大正九年五月火災により全焼し、昭和三年本堂を再建した。昭和五八年檀徒一致協力して庫裡を新築し、庭園ならびに境内を整備して堂宇を整えた。 なお、境外に当寺所属の薬師堂があり、薬師如来・日光菩薩・月光菩薩が祀られ、乳薬師として参詣人が多かった。 住 職 谷川宗清 檀家信徒 八四戸 年中行事 … 《交通》 《産業》 《姓氏・人物》 実勢の主な歴史記録実勢の伝説『丹波町誌』 重かった仏像 実勢の北谷地内に小さな薬師堂がある。四方三メートルぐらいの建物で、かなり古いものだが年代はわからない。この中に薬師如来と日光菩薩月光菩薩の像が祭られている。昔、心の悪い者がこれを盗み、縁側まで持ち出してこれをふろしきに包んで背負い、さて立ち上がろうとしたがどうしたことか重くて立てない、どうにもこうにも動こうとしないので、とうとうあきらめて元の仏壇へ返したという。 実勢の小字一覧実勢(じっせ) 岩根 ドキヤ 折戸 助安 フケ 田中 岡ノ段 小角 下岡 坪井 下ノ坪 草貝 和庄 ヒガイ ヒヨ谷 岩ケ谷 中道 平井 上谷 石橋 大丈軍 谷 西谷 トミ谷 隠シ谷 セバト ホド原 大平 向山 藤ケ坂 上ノ山 豊谷 古保 岩ケ谷野 小峠 下山 クラビシ 北谷 小屋ノ谷 横芝 ミナミ 湯口ノ谷 上ノ谷 関連情報 |
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【参考文献】 『角川日本地名大辞典』 『京都府の地名』(平凡社) 『船井郡誌』 『丹波町誌』 その他たくさん |
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