鼓打郷(つつみうち)
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鼓打郷の概要《鼓打郷の概要》 平安期『和名抄』に見える郷名で、丹波国船井郡11郷の1つだが、この地名は現在は見当たらず、訓も郷域も不詳とされている。 のちの戦国期の記録には山内荘8か村の1つとして「鼓打村」が見える。 室町時代のものと思われる年号不詳の「蜷川家文書断簡」に、 御料所 丹波山内庄八ケ村 小川殿御料 志津師村 鼓打村 十勢村 八田村 勝智院領 須智村 須智知行乱世以来 塩田村 奉公衆之給分 高屋村 同前 紅村 伊勢七郎右衛門殿御知行 残三ケ村御年貢百七□余歟、此外地子春成等卅貫文歟、 とある。山内庄が11村で構成されていたこと、そのうち8か村の名が判明するが、残りの3か村の名は不明ということになる。その中に鼓打村が見える、これはいにしえの鼓打郷の遺称かと思われる。恐らく郷域は、鼓打郷>鼓打村か。 八田村は今の丹波町の口八田、高屋村は今の富田、紅村は豊田になる。 志津師(質志)から時計回りに記録されているようで、鼓打村は質志の隣、十勢との間ということになり、質実か下山かのあたりと推測される。質実は山内庄ではなく、この当時は鼓打村ではなかろうが、それ以前のことなので、鼓打郷は志津師、質実、下山、十勢とその周辺で、山間に一つの郷がつくれるくらいだからかなり広い範囲ということになろうか。しかし何とも他に記録がなく、現代人による推定の域からは出られない。 『船井郡誌』 鼓打 都都美字知と訓す、或は曰く鼓打は簸打の誤にして、須知、質美二村の間に火打山あり、其名の起れる所以にして、今の三宮村質志、水呑、下和知村大字大簾、廣瀬、本庄の古へ和知莊と稱せし地ならんといふ。 「簸打」の誤ではない、鼓打でいいのだか、郷域の推定は当たっているかも。。 『和知町誌』 鎌倉時代の初めのころ近衛家領であった山内荘は、その後どのように伝領されたのかわからないが、室町時代のものと思われる「蜷川家文書」断簡に、御料所丹波山内荘八力村として、志津師村・鼓打村・十勢村・八田村・須智村・塩田村・高屋村・紅村が記載されている。このうち十勢・須智・塩田・高屋・紅の五力村は現丹波町であり、志津師・八田は現瑞穂町内に確認できる。鼓打の地名は残っていないが、瑞穂町の鼓山の麓に広がる旧中台村・橋爪村あたりがかつての鼓打村であり、鼓打郷が現瑞穂町のかなりの地域を包含するものではなかったかと考えられる。 「八田」は今の瑞穂町八田ではなく、丹波町の口八田であろう。 『郷土史三ノ宮』 三ノ宮村にあっては、質志・水呑の二村が鼓打郷(古えの和知荘)に記され、他は不明であるが、鼓打郷に属していたのではないかと言われている。 又「神社載覈下」によると『酒治志(酒治志神社)は、「須知之」と訓すべし、和名抄郷名部須知、按するに郡中に須知村というあり。元は酒治志なるが、彼郷名を二字に定められし時より「須知」と袮廿るならむ』とあり、尚又須知郷の中に酒治志神社の記あり。之らの点から考案して須知郷に属していたのではないかとも想像される。 鼓打郷の主な歴史記録『大日本地名辞書』 【鼓打郷】和名抄、船井郡鼓打郷。○今詳ならず、川辺村などあたるか、本州の諺に、大栗(世に丹波栗と云ひ、新猿楽記に見ゆ)をテテウチクリと呼ぶ、蓋鼓打栗の謂にして本郷の所産を以て良種ち為ししに因る、丹波志に「両手の大さあれば手手裡の心なり」と云ふは採るべからず、西北紀行に「大栗は船井郡高崎の辺より出で、之をテテウチ栗と曰ふ」と載す、高崎は高屋の誤にあらずや。(一説鼓打は今梅田村なりと) 『和知町誌』 鎌倉時代の初めのころ近衛家領であった山内荘は、その後どのように伝領されたのかわからないが、室町時代のものと思われる「蜷川家文書」断簡に、御料所丹波山内荘八力村として、志津師村・鼓打村・十勢村・八田村・須智村・塩田村・高屋村・紅村が記載されている。このうち十勢・須智・塩田・高屋・紅の五力村は現丹波町であり、志津師・八田は現瑞穂町内に確認できる。鼓打の地名は残っていないが、瑞穂町の鼓山の麓に広がる旧中台村・橋爪村あたりがかつての鼓打村であり、鼓打郷が現瑞穂町のかなりの地域を包含するものではなかったかと考えられる。 関連情報 |
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【参考文献】 『角川日本地名大辞典』 『京都府の地名』(平凡社) 『船井郡誌』 その他たくさん |
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