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日殿(ひどの)
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日殿の概要《日殿の概要》 出合市場村の南東、出石川の支流河本川の右岸にある。郷村帳類では出合市場村に含まれて高付される場合もあった。出石封内明細帳に家数七・人数四二。 日殿村は、江戸期~明治22年の村。但馬国出石郡のうち。山名氏政滅亡後天正13年まで青木勘兵衛、同年から前野長康が領した。文禄4年からは出石藩領。明治22年合橋村の大字となる。 日殿は、明治22年~現在の大字名。はじめ合橋村、昭和31年からは但東町の大字。明治24年の戸数10、人口は男26・女26。大正9年の世帯数7・人口42。平成17(2005)年より豊岡市の大字となる。 《日殿の人口・世帯数》 《日殿の主な社寺など》 ![]() 旧道沿いの山腹にある、社殿はないよう。ここもそうだが、このあたりは山が綺麗で下草などがない、荒れていない。 《交通》 《産業》 《姓氏・人物》 日殿の主な歴史記録日殿の伝説日殿の小字一覧『兵庫県小字名集Ⅱ但馬編』【日殿】(ひどの) 家ノ下(いえのした)、崩レ(くずれ)、大田(おおた)、縄手(なわて)、中島(なかしま)、砂田(すなだ)、長通り(ながどうり)、薮ケ市(やぶがいち)、川原通(かわらどうり)、向田(むかいだ)、下山(しもやま)、下ノ川原(しものかわら)、コケラ岩(こけらいわ)、欠田(かけだ)、カナツキ口(かなつきくち)、猫ケ森(ねこがもり)、岸ケ下(きしがした)、岡田(おかだ)、妙谷口(みょうだにぐち)、スミカマ口(すみかまぐち)、坂浦(さかうら)、小妙谷(こみょうだに)、スミカマ(すみかま)、ヤジヤマ(やじやま)、妙谷(みょうだに) 関連情報 |
資料編の索引
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| 【参考文献】 『角川日本地名大辞典』 『兵庫県の地名Ⅰ』(平凡社) 『但東町誌』 その他たくさん |
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