加尾(かお)
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福井県小浜市加尾 福井県遠敷郡内外海村加尾 |
加尾の概要《加尾の概要》 内外海半島の外海側の付根部、若狭湾の内湾である宇久湾の最奥部に面して位置する。 賀尾浦は、鎌倉期から見える浦名。文永2年(1265)3月日の若狭国中手西郷内検田地取帳案に「賀尾浦三反」などと浦田が記されている。これによると賀尾浦田は中手西郷億田里に計2町50歩あった。文永2年11月の若狭国惣田数帳案には「西郷二町五反(二)百廿歩」とあり、志万郷の6町5反90歩と合わせて賀尾浦9町210歩と記されている。元亨年間頃の朱注には「国領」および地主が国衙の税所であると見え、国衙領の1単位として自立し、「税所」の支配を受けていたことが知られる。弘治2年(1556)6月22日の明通寺鐘鋳勧進算用状に「五十文 かほうら」と見える。 近世の加尾浦は、江戸期~明治22年の浦名。西小川浦の出村と伝えられ,白山権現は当浦と西小川浦との共有となっている。小浜藩領。慶長7年(1612)若狭国浦々漁師船等取調帳によれば、船数は2人乗5、1人乗1の計6で(所有者6人)、惣中の鯖網1張と記される。海岸線の長さは5町余りとわずかで漁場が狭かったため、元禄6年には西小川浦から漁場を借用して正月祝儀米として米1斗5升、さらに霜月に濁酒2樽を納め、島手として6升を支払い宇久浦の磯で布貝取を行っていた。「雲浜鑑」によれば家数15・人数81。明治4年小浜県、以降敦賀県、滋賀県を経て、同14年福井県に所属。同22年内外海村の大字となる。 近代の加尾は、明治22年~現在の大字名。はじめ内外海村、昭和26年からは小浜市の大字。明治24年の幅員は東西1町・南北35間、戸数11、人口は男54 ・ 女43、小船20。 《加尾の人口・世帯数》 25・10 《加尾の主な社寺など》 海岸沿いには奈良~平安期の製塩遺跡 白山神社・天満天神 浦の中央。社殿は少し高い所にある、参道が荒れていた。当社は西小川浦と両所の氏神で開基は神亀5年と伝える。 『内外海誌』 白山神社 所在 小浜市加尾13号1番地 祭神 伊弉諾尊、伊弉冉尊、菊理姫命、尚、天満社(祭神菅原道真)天皇社(祭神素盞鳴命)合祀。例祭 4月16日(現行5月16日) 本殿 流レ造及向拝計6.5坪。鳥居石造一基 境内地 289.11坪(被譲与国有地) 氏子数 9世帯(現8世帯) 神亀元甲子年勧請 「白山権現在 加尾浦にあり、産神にして9月16日祭礼を行ふ」若狭郡県志。 「加尾浦 氏神 若州遠敷郡加尾浦白山権現天神天王は西小河浦と両所の氏神 開基は神亀五年薬師堂と同時に其時の国主被二取立一候由代々語伝候延宝3 9月23日 袮宜作兵衛」若州管内社寺由緒記。 『遠敷郡誌』 白山社 村社にして元白山権現と稱し同村賀尾浦にあり、祭神は伊弉諾命伊弉册命菊理姫神にして、神龜元年勧請と傳へ此浦の産神なり、境内神社に天満宮祭神菅原道真公及び天皇祠社祭神素盞鳴命あり。 臨済宗南禅寺派宗禅寺 『内外海誌』 宗善寺 所在 小浜市加尾11号9番地 本尊 地蔵菩薩 臨済宗南禅寺派 本堂 20.6坪。庫裡 16.6坪 境内地 180.00坪。所有山林 5反2畝4歩 堂内仏像 本尊の他脇仏阿弥陀仏千手観音菩薩 檀徒 9戸(現8戸) 寛永年間日峰果首座創建 『遠敷郡誌』 宗善寺 臨済宗南禅寺派高成寺末にして同村加尾浦字古面に在り、本尊は地藏菩薩にして寛永八年中興日峰果公創建とす。 薬師堂 薬師堂には、平安時代後期の薬師如来坐像や兜跋毘沙門天、鎌倉時代の僧形八幡像が安置されるという。しかしどの建物が薬師堂かわからない。 『内外海誌』 薬師堂 所在 小浜市加尾13号1番地白山神社麓 坪数 7,5坪(間口3間奥行2.5間) 本尊 薬師如来座像 「若州加尾浦薬師堂は西小河浦両所の堂にて御座候別前は加尾浦興林庵薬師堂両所とも高成寺末にて御座候 薬師堂の開基は神亀五年戊辰年草創と申伝候 則行基菩薩の自作の本尊にて御座候 延宝三 九月廿一日 興林庵 宗白」若州管内社寺由緒記。 「若州遠敷郡加尾浦白山権現天神天王は両小河浦と両所の氏神は開基は神亀五年薬師堂と同時に 其時の国守 被二取立一候由 代々語伝候 延宝三九月廿二日 袮宜 作兵衛」若州管内社寺由緒記。 《交通》 《産業》 《姓氏・人物》 加尾の主な歴史記録加尾の伝説加尾の小字一覧加尾 大総 金ノ森 下斜ケ谷 脇 神田 極メ 堀 上坂 坂 河尻 向 宮ノ下 口堂耕地 清水 中堂耕地 奥堂耕地 椿原 耕地 古面 神子ケ谷 平ケ谷 丑ノ尾 増ケ谷 屓場 細谷 大口 中河原 蛇ケ谷 梅ケ谷 関連情報 |
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【参考文献】 『角川日本地名大辞典』 『福井県の地名』(平凡社) 『遠敷郡誌』 『小浜市史』各巻 その他たくさん |
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