丹後の地名 若狭版

若狭

小浜玉前(たままえ)
福井県小浜市小浜玉前


お探しの情報はほかのページにもあるかも知れません。ここから検索してください。サイト内超強力サーチエンジンをお試し下さい。


福井県小浜市小浜玉前

福井県遠敷郡小浜町小浜玉前

小浜玉前の概要




《小浜玉前の概要》


玉前郵便局があるあたりから海までの地域。
旧城下にあたる小浜24区の各町名はいずれも有名神社名から名付けたといわれ、玉前は上総一宮の玉前神社にちなんだものかという。

玉前町は、明治7~22年の町名。小浜町のうち。明治7年区割改定により瀬木町と新町・塩浜小路の各一部が合併して成立。合併時の戸数101。

玉前は、明治22年~現在の大字名。小浜を冠称。はじめ小浜町、昭和26年からは小浜市の大字。毎年9月14 ・ 15日に行われる八幡神社祭礼放生会には、隔年ごとに獅子舞を奉納している。

《小浜玉前の人口・世帯数》 103・50


《小浜玉前の主な社寺など》




《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


小浜玉前の主な歴史記録


『越前若狭の伝説』
ほうそうの神               (玉前)
 永禄年中(一五六〇ごろ)組屋六郎左衛門の船が北国の港がら船出する時、ある老人を船に便乗させて、小浜へ帰ってきた。老人は、そのまましばらく、組屋六郎左衛門の家に暮らしていたが、ある日旅に出ることになった。
 老人は旅立つまぎわになって、「私はほうそうの神である。ながらくお世話になったお礼に、ほうそうの守り神をさずける。六郎左衛門にお祈りすれば、ほうそうは軽くてなおる。」と告げて家を出ようとした。
 そこで六郎左術門は、すぐにその老人の姿を書き写した。これより組屋六郎左衛門と書いたお守り札とその老人の姿を写したお守りを祭ろと、ほうそうが軽くてなおった。  (拾椎雑話)

 戦後も町の老人たちは、家に子どもが生れると、組屋家へ、ほうそうが軽くてなおるようにと、お守りをもらいに行った。昭和四十二年この組屋家も小浜にいなくなった。  (小畑昭八郎)


小浜玉前の伝説






小浜玉前の小字一覧




関連情報





資料編のトップへ
丹後の地名へ


資料編の索引

50音順
あ い う え お
か き く け こ
さ し す せ そ
た ち つ て と
な に ぬ ね の
は ひ ふ へ ほ
ま み む め も
や ゆ よ
ら り る れ ろ
わ


若狭・越前
    市町別
 
福井県大飯郡高浜町
福井県大飯郡おおい町
福井県小浜市
福井県三方上中郡若狭町
福井県三方郡美浜町
福井県敦賀市

丹後・丹波
 市町別
 
京都府舞鶴市
京都府福知山市大江町
京都府宮津市
京都府与謝郡伊根町
京都府与謝郡与謝野町
京都府京丹後市
京都府福知山市
京都府綾部市
京都府船井郡京丹波町
京都府南丹市




【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『福井県の地名』(平凡社)
『遠敷郡誌』
『小浜市史』各巻
その他たくさん



Link Free
Copyright © 2021 Kiichi Saito (tangonotimei@gmail.com)
All Rights Reserved