丹後の地名 若狭版

若狭

上野木(かみのぎ)
福井県三方上中郡若狭町上野木


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福井県三方上中郡若狭町上野木

福井県遠敷郡上中町上野木

上野木の概要




《上野木の概要》
東西に走る小浜市に通じる県道24号線と、南北に走る県道本保平野線が東端で交差する交通の要所。
「若狭旧事考」に「今野木といふ広き里ありて上、中、下に分ち呼べり。此の里旧は野伊と呼べりと其里人云伝へたり」とあり「和名抄」遠敷郡野伊郷の遺称とも考えられる。
近世の上野木村は、江戸期~明治22年の村。小浜藩領。明治4年小浜県、以降敦賀県、滋賀県を経て、同14年福井県に所属。同22年野木村の大字となる。
上野木は、明治22年~現在の大字名。はじめ野木村、昭和29年からは上中町、平成17年からき若狭町の大字。明治24年の幅員は東西1町余・南北3町、戸数47、人口は男129 ・ 女113、小船2。


《上野木の人口・世帯数》 168・45


《上野木の主な社寺など》

河原神社


当社も本殿や拝殿はない。境内は大きな樹の切株があちこちにある。
毎年3月の初酉の日に河原神社で行われる「御神事」は県無形民俗文化財。
『遠敷郡誌』
河原神社 村社にして同村上野木字宮前にあり、元河原明神と稱し祭神不詳なり。

『上中町郷土誌』
河原神社 上野木宮前鎮座
社寺由緒記 一二五五頁に
一、川原大明神 由緒「不」相知レ不レ申候
    上野木庄屋  勘右衛門
    同        小太夫    以上
若狭郡県誌上に
一、河原明神社 在二上中郡上野木村一 未詳レ為二何神一 伝言 神躰乗二楸葉而降二臨于上河原平田淵之水上一因建レ社而祭レ之日二河原明神一 土人社辺造二茅屋一七而棲レ焉故称二七屋一逐レ歳加造今名 矣毎年七月晦日祭日有二神事能一 土人日是神降臨之日也叉正月二月、十一日初酉日供レ末而祭之            以上
若狭考 六三〇頁に
散楽祭礼 七月晦日河原大明神、上野木
若越郷土研究八の六 県文財委斎藤槻堂
一、河原神社 上野木のほぼ中央にかれこれ五百坪ほどのやや小高い土地を玉垣を以てめぐらしている。境内は例のジェーン台風などでいくぶん淋しくなったがそれでも今なお老木がうっそうとして昼なお暗い趣きがある、小浜街道から折れて神橋を渡り大鳥をくぐる。この河原明神は本県でも珍らしい神殿のない神社の一つで参道を南面してすすむとつき当りに社殿の代りに高さ五六尺に面積五十坪程の一郭があり瑞垣でその周囲をかこってある。土地ではこの地域を「御殿」といい、かつてこの神事の祭主をつとめたもの以外は入ることのできない浄域とされている、拝所は参道正面ではなくて東西に開いている、御殿の内部にはさらに石の玉垣をめぐらした約十坪ほどの地域がありここは天神地祇の鎮りまする絶対的な禁足地となっている。若狭郡県誌などによれば河原明神は何神を祀ってあるのが詳かでない。伝えるところによれば御神体楸(ひさぎ)の葉に乗って天から上河原平田(ひらた)の淵の水の上に降臨された。よってこれを祀って河原明神とあがめた、そうして村人は社地のほとりに住むことになったがその家が七軒であったので上野木のことを昔は七屋(しちや)ともいった。
祭日の変遷 河原明神は昔は神事が年に二度あった。はじめの祭は七月の晦日でこの日は明神降臨の記念日である。それから正月と十一月の初酉の日と年に二回神事祭が行なわれ十一月のは霜月の神事といっていたがそれがその後いく歳月現在では年二度三月の初酉の日に行なわれるとになった。 以上
一、絵馬堂 境内に能舞台兼用の二間に三間の建物がある、享保四巳亥年正月十九日付にて舞台の普譜を願い出でたここともあった。
一、古文書 舞台建替 文化八年末春
  彦左衛門の忰、右四人舞臺立替費百八十目づつ出す(祢宜保管文書)
一、鐘楼と釣鐘 河原神社境内には貞享三丙寅年梵鐘、二十六萱願主、資縁若干人による釣鐘があった。然し大東亜戦時中にこの鐘も応召されたが今尚鐘楼だけが淋しく残存している。この鐘は不思議なことに「鐘が汗をかく」ことが事実であった、鐘に水滴が生じてその下の砂上を円形に濡すのである、そのような時は必ず異変が起るというので氏子総代は日笠の神主に伺い立てをするとよくその予言が的中するので氏子達は総出で河原の円平石百十個を拾い帰えり洗い清めて御百度参りをすることによって火事や盗難その他の諸難を未然によく防ぐことが出来た。故に願い事または願成就の御糺にお百度参りをするのが区民の旧慣である。御殿や境内の円平石はその時に献納した石である。
一、狛犬 御殿の前に一対の狛犬がある、
古来河原大明神は尊い霊験があるとて有名になり、小浜町方面にも信仰多くこの狛犬は小浜町の信心深き十名が寛政九年五月に献納されたもので台石にその刻名が残っているまた小浜町斎藤仁左工門氏から田地壱反歩を献納された、その後時移り世変り幾星霜後継者も何代かを経た今日なお斎藤家へ上野木の氏子達はその謝恩の意をこめて毎年神事の苑と小餅十五個とは欠かさず祭主が持参贈呈を続けている。之は誠に御神号(加和良)にもふさわしく与えて思わず受けて忘れぬいとも美しい風習である。
一、金石文 御殿石垣寿福石(奉寄進四間)
    奉寄進四間  渡辺小太夫(今の武田小太夫)
    同      植野治太夫(今の窪田治太夫)
    同      居関庄兵衛
       文化七年卯七月   当村氏子中
一、長床 境内に五間に三間の長床がある。
 上野木区民のすべての会合はこの長床にて行なわれている。
一、合祀 一言神社を中野木村より勧請
一、境内 三百四十三坪



曹洞宗盛雲寺

河原神社の近く。
『遠敷郡誌』
盛雲寺 曹洞宗にして元長泉寺来本尊は釋迦如来にして野木村上野木字井根ノ下に在り。

『上中町郷土誌』
上野木村 盛雲寺
社寺由緒記に
一、禅宗昌屋山盛雲寺 五十年己前迄は自庵にて候へ共其後は相庵に取立申候
     上野木村庄屋  勘右衛門
     同       小太夫
遠敷郡誌に
一、盛雲寺 曹洞宗にして元長泉寺末本尊は釈迦如来にして野木村上野木字井根の下にあり
野木村誌に
(本尊)釈迦如来
(由緒)本寺宮川村大字加茂長泉寺第二世寛永十二年九月二十七日示寂耽室全虎和尚寛永五年の開闢にして昌屋山と
号し大字上野木にあり。文久元年火災のとき旧記を過って水中に失い往時の様子は明らかでない。文久二年九月十九日入仏供養を行なった。滋賀県当時の寺院明細帳には万延元年焼失と記されてあるが之は誤りであろう。
右の如く村誌に記載しているまた文久三癸亥年盛雲寺印のある窪田治太夫家文書によると「文久元年辛酉年七月九日暁天依天災及焼失同暦壬戌年再建仕候云云」と明記せられているので明白となった。
(経塚)寺域内にあり 塚の上に高さ六尺の多宝塔ありて「一字一礼奉写大乗妙法蓮華経」と刻んである。
(経堂)寺域内西南隅にあり
(延命地蔵堂)境内東北隅秋葉権現堂の隣にある。もと小字猫ノ目にあったものを当寺境内に移したもので辻堂と称した。往時は上野木村の西部に上中野木から太興寺村へ出る昔の宮川街道との交叉点に当る所が小字猫ノ目であった。この辻堂は戦国時代からあったものである。
(子供地蔵堂)境内入り口にある穴のあいている石をお供えする旧慣がある。之は自然に子供達に「一心は岩をも貫く」の教訓である。七月廿三日は地蔵盆で上野木各家々からぼた餅を供える。子供大将といって十三歳頃の者が頭役となって之をまかない皆に頒つ。今でもこの習慣は子供行事の一つとして行なわれている。
(秋葉権現堂)寺域内の東北隅に一間四面の御堂がある。文久三年遠州秋葉権現を勧請したものである。
(鰐口)延命地蔵堂に鰐口あり承応甲午霜月十一日と刻してある。
(半鐘)若州遠敷郡野木村上野木邑
       昌屋山盛雲禅寺遅成代
  慶応二年丙寅竜舎
       七月吉日再鋳之
(寺地)滋賀県当時の寺院明細帳に当寺所有地田一反二十四歩。畑一畝六歩、宅地五畝六歩、蔽二畝二十三歩、山林七反五畝二十八歩と記載してある。
上野木観音堂
(由緒)古文書の拠るべきものなく由緒は明らかでない。河原神社境内長床の正而中央に聖観音菩薩を安置している。
  福井県教育委員会文化財調査報告第二集
  遠敷郡野木村上野木観音堂 聖観音菩薩
(法量)全高二尺八寸(八四〇糎)
(形式、手法)印相は持物なし、姿勢は立像化仏は後補のもの。天衣は亡失。衣皺衣紋線は浅くやや生硬素材構造刀
法は木造寄木(胴休、左右肘)内刳なし。塗彩色は暗褐色。厳身具は真ちゅうたがねぼり唐草紋。表現の概要はやや生硬な感じ形相等の理想化への努力があまり見られぬ。推定造顕年代は室町後記とある。



《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


上野木の主な歴史記録


上野木の伝説





上野木の小字一覧


『上中町郷土誌』
上野木の小字名(土地台帳)
芭蕉 広田 下田 大田 大坪 泓(フ)ケ 八斗田 菖蒲谷 岡ノ下 深谷 中宮前 鯨鼻 村上 庵ノ下 小山 猿辺 松窪 川田 畦田 中斧 小焼 上前田 下前田 鋤丈 赤池 常江 隣光(リンコウ) 三反田 五木木 新田 曲田 岸ノ上下 下柳ケ坪 本木 敷所田 松下 小柳ケ坪 上五本木 上柳ケ坪 柳ケ坪 野田 青田苅 五反田 貫抜 猫ノ目 宮ノ下 斧代 窪尻 岸上 高屋 窪田 堂ノ窪 天山 井根ノ下 宮前 高田 辺淵(ナベブチ) 松無 下河原 地蔵田 御茶河原 中川 中河原 小林 常田 石田

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『福井県の地名』(平凡社)
『遠敷郡誌』
『上中町郷土誌』
その他たくさん



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