丹後の地名

新庄(しんじょ)
京丹後市網野町新庄


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京都府京丹後市網野町新庄

京都府竹野郡網野町新庄

京都府竹野郡郷村新庄



新庄の概要


《新庄の概要》



福田川の支流新庄川上流の山間に位置する。網野駅の一つ木津よりの谷である。北部を国鉄宮津線・国道178号が走る。
新庄村は、江戸期~明治22年の村名。はじめ宮津藩領、延宝3年から宝永2年にかけて全村幕府領となり、宝暦9年再び宮津藩領に復した。明治4年宮津県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年郷村の大字となる。
新庄は、明治22年~現在の大字名。はじめ郷村、昭和25年からは網野町の大字。平成16年から京丹後市の大字。


《新庄の人口・世帯数》 238・68

《主な社寺など》

貴船神社
貴船神社(新庄)
村の入口(出口か)の小高い丘の上に鎮座している。

『丹後国竹野郡誌』
 〈 貴船神社 村社 字新庄小字引原口鎮座
 (神社明細帳) 祭神 高  神
  由緒 創立年月日不詳、明治六年二月村社に列せらる
一本  殿  染行四尺五寸  桁術三尺五寸
一拝  殿  仝 四  問  仝 二 間
一境内坪数  六百五十四坪
一氏  子  六十三戸
境 内 神 社
   熊 野 神 社
    祭神 伊邪那美命 菅原道真神
    由緒 不 評
 (郷村誌稿) 字新庄の氏神にして仝区西引原口の山頂にあり高神を祭る、明治六年二月村社に列せらる祭日舊三月一日なり、由緒不詳古き社殿にして麓より拝殿まで階段百四十それより尚階段を登りて社あり、古木欝蒼として荘厳なり明治拾三年に御輿を供へ祭典の賑はしきこと本村中第一なり
 (丹哥府志) 貴船大明神  祭九月三日)  〉 

『網野町誌』
 〈 貴船神社 新庄小字引原口鎮座
 祭神 高神(「神社明細帳」)
 創建年月日不詳、明治六年二月村社となる。(木津・加茂神社の項参照)
○境内神社
 熊野神社 祭神 伊邪那美命・菅原道真神(由緒不詳)  〉 


曹洞宗竜谷山青原寺
青原寺(新庄)
『丹後国竹野郡誌』
 〈 青原寺 曹洞宗にして字新庄にあり
(同寺調文書)宮津智源寺末派なり本尊釈迦牟尼仏由緒不詳現今の状態 本堂間口七間奥行五間 庫裡七間半四間半 土蔵一 境内反別九畝九歩境外所有地反別 田三反一畝二十一歩 畑三反五畝十二歩 檀徒字新庄全部  〉 
『網野町誌』

 〈 ?斧(とつぷ)山青原寺 曹洞宗 新庄
本尊 聖観世音菩薩
<由緒・伝承>
(同寺調文書)当山は宮津智源寺未である。本尊の由緒には諸説あるが、確定できない。開山は智源寺十五世毛山国文大和尚で、開山勧請以前は瀧谷山青原寺と称していた。開基は天長慧産大和尚(一七八五)(天明五年二月二三日没)である。
 本尊は恵心僧都の作と伝えられ、文亀年間(一五〇一~一五〇四)から瀧谷山青原寺に安置してあった本尊を、本寺とともに正保年間(一六四四~一六四八)に現在地に奉移した。この間に、本尊は三度の彩色修像がなされたとの記録がある。
 恵心僧都とは源信(天慶五年=九四二~寛仁元年=一〇一七)の別名で、平安時代中期の天台憎である。万松山広通寺、鷲尾山尾坂寺の項にも恵心僧都の名が登場する。
注一 承応元年(一六五二)の「龍献寺古文書」に〝亦末寺〟として〝清源寺″と記載されているのは、青原寺のことである。
 二 現在も小字名に〝滝谷″と称するところがあり、そこに阿弥陀堂跡がある。
 三 『竹野郡誌』では、本尊が釈迦牟尼仏となっている。
住職交代時の口伝や土地の人びとの話によれば、滝谷山の滝に製作年代、彫刻者不明の不動明王像(滝不動尊)があったが、それは現在中郡橋木縁城寺(真言宗)に安置されており、不動明王像の裏面に〝新庄区瀧谷山〟との記載があるという。何かの理由で回収されたものであろうか。
 大正初期の当寺の状態は、本堂間口七間、奥行五間・庫裡七間半・土蔵一・境内反別九畝九歩・場外所有地反別、田三反一畝二一歩・畑三反五畝一二歩で、新庄全部が檀徒であった。
 昭和二年(一九二七)三月七日、奥丹後震災で堂宇は全壊、中興は十三世大英孝賢和尚(昭和四〇年=一九六五・九月二三日没)で、同三三年(一九五八)に本堂が完成した。  〉 


新庄城趾
村奥に「明徳記」に見える細陰(ほそかげ)城に比定される城山があり、本丸跡・堀切などが残る。名勝の霧降滝がある。


《交通》


《産業》



新庄の主な歴史記録


『丹哥府志』
 〈 ◎新庄村(岡田村より新庄村の間坪阪峠、是より郷村へ出る)
【貴船大明神】(祭九月三日)
【龍谷山青原寺】(曹洞宗)
 【付録】(新宮大権現)  〉 

『網野町誌』
 〈 <新田と新庄>
 今ある田畑はかつて誰かの手によって一々開かれたものでありまして、当時はすべての田畑が新田であり、新畑であったために特に新田などと名づける要はなかったでしょう。だから今残る地名に新田とあるのはさほど古い土地ではなく、大よそ徳川時代中期以後のものが多いといわれています。この時代には大名や幕府のすすめによって、村がそのゆるしを受けて共同で土地を開いたり、役人が命じて開かせたり、また金のあるものが大名から許しをうけて人を傭って開いたりすることが多くなりました。
 各部落に残る新田の地名を拾って見ると、網野の東池新田、西池新田、浅茂川の向新田、島溝川の阿原離池新田、西上新田、下新田、仲禅寺の新田、郷の新田岡、木津の奥部落の新田、森新田などがあります。また郷の正法寺岡新田は徳川時代に松本九郎右衛門が、小浜湖の周囲に数十町歩の新田を開いた糊口小左衛門らと共に有名な事績を残しました。
 また島溝川の大見行(だいけんぎょう)、持見行、郷の真源行(しんげんぎょう)、源行、新庄の小源行(こげんぎょう)などは見行又は源行と云う名の人によって開かれたものか、間人町にもケンギョウという土地がある。まだ各地に例があって他の因縁をもつ土地かも知れない。更にまた仲禅寺、尾坂の新兵衛田、郷の治左衛門谷、高橋の屋九郎田、生野内の八郎兵衛小谷と云った土地は、その土地を開いた人の名を付けたものではないかと考えられます。
 新庄というのも各地によくある地名ですが、大規模な開墾事業の完了によって、集団移住した新村のことで言い伝えによると郷の新庄はもと木津から移住した人によって村ができ、古くから木津庄に属していたそうです。
 かつてはオサは一枚の田区を意味する言葉であったようです。現今のマチ、即ち一枚の田のことで「今日は誰兵衛さんの大マチの田植だ」「あの小マチの稲のできがよい」のマチに該当する語であったようです。
 通常「町」の字をあてて書きます。昔、マチと云う新語のできるまでは「自家のオサももう穂を出した」のように用いる普通名詞であったものと思われます。
 自分の家などから眺めて、横に長いオサを横オサ(新庄)、縦に長いオサは立オサ(高橋、下和田)、細長いオサは細オサ(下和田)、三段歩並びの田を三反オサ(網野、島溝川)等と云い、土地台帳や字限図など公簿には通常「長」の字をあてています。
 オサの何校か何十枚かの団地をツボと云います。通常「坪」と書きますが、坪と云われる程の田圃は大たい平坦地で、良田の集団した一区画を云うようです。「今年はあの坪は特別よう出来たわい」のように普通名詞としても用いられています。島溝川のクト坪、仲坪、寺の下坪、五田が坪のうちには、もと田圃の区画として云われたものが後に住宅地となっているものもあるし、このほか郷に大坪、新庄に坪の内、木津に尻ケ坪などがあります。
 部落の中の人家の一つの小さな集団を「垣」とも云ったらしい。郷に森垣、岡垣、和田垣、石田垣、西垣、下垣、中垣の七つの垣があって、昔から「七垣」といい伝え、今なお小字名として残っています。之は他の地方にある垣内に該当するものでありましょう。このように人家の集団を垣というのは郷だけにしかない。郷以外の旧村落にも垣の付く地名はありますが、郷の垣とは違った意義をもち、野獣防備の垣、防風防砂の垣、宮や寺院の垣など、施設としての垣があって後これが地名として残り現在に至ったようであります。島溝川の小谷垣、長垣、米垣、小米垣、桧垣、宮垣、丈垣、谷垣、入道垣、それから網野の尾垣に木津の奥垣、裏垣、カヤガキ、坊垣、後垣、向垣などがあります。  〉 


新庄の小字一覧


新庄(しんじょう)
小釜谷口(こかまたにぐち) 小釜谷(こかまたに) 滝谷口(たきだにぐち) 滝谷東側(たきだにひがしがわ) 小坂口西側(こさかぐちにしがわ) 小坂口上(こさかぐちうえ) □□□□谷 イカ谷奥(いかたにおく) 小坂下東側(こさかしたひがしがわ) 小坂口(こさかぐち) ノ木谷奥(すぎのきたにおく) 木谷口西(すぎのきたにぐちにし) 小坪坂(こつぼさか) 小坪坂上ヘ(こつぼさかうえへ) 小坪坂尾(こつぼさかお) 谷上リ上(たにあがりうえ) 右ノ谷奥(*みぎのたにおく) 左谷奥(ひだりたにおく) 小坪坂谷(こつぼさかたに) 口堀谷(くちほりたに) 奥右ノ谷(おくみぎのたに) 小坪坂右ノ谷(こつぼさかみぎのたに) 奥(おく) 小坪坂左(こつぼさかひだり) 谷ノ口(たにのくち) 口郷界(くちごうざかい) 小坪坂郷界(こつぼさかごうさかい) 広畑口(ひろはたくち) 尾道(おみち) 荒井(あらい) 道ノ下(みちのした) 川添(かわぞえ) 辻後(つじうしろ) セド川(せどかわ) 大地蔵(だいじぞう) 大地蔵上(だいじぞううえ) ヒチリ坂上ミ(ひじりさかかみ) 迎ケ谷(むかえかたに) クゴセ 大石ケ下(おおいしがした) 迎ケ谷奥(むかえかたにおく) 小源行(こげんぎょう) 滝ノ口(たきのくち) 滝ノ谷(たきのたに) タキノ谷(たきのたに) 畑ケ谷(はたがたに) 滝ノ坂尻(たきのさかしり) 滝坪ノ上(たきつぼのうえ) 滝坪(たきつぼ) 奥山(おくやま) シノ町川原(しのまちかわら) 蛇谷(へびたに) ヲヒメ谷(をひめたに) 猪子(いのこ) 荒田(あらた) 切ケサコ(きりかさこ) 切ケサコ鼻(きりかさこはな) 坂ノ北(さかのきた) 坂鼻(さかはな) アミダドウ アミダドウ口(あみぢどうぐち) 矢谷口(やのたにぐち) 矢ノ谷(やのたに) サル谷(さるたに) 坪坂後(つぼさかうしろ) 坪坂アジガ谷(つぼさかあじがたに) アジガ谷口(あじがたにぐち) 狐塚口(きつねつかぐち) 狐塚(きつねづか) 狐塚奥(きつねづかおく) 迎田(むかえだ) 迎田口(むかえだぐち) 泉谷(いずみたに) 森ケ谷(もりがたに) 森ケ沖(もりがおき) 藪ケ下(やぶがした) 川端(かわばた) 古川(ふるかわ) 家ノ下(いえのした) 上地(かみじ) 泉谷鼻(いずみたにはな) ナベ谷 森ケ谷奥(もりがたにおく) 天神谷(てんじんたに) 岡ノ谷(おかのたに) 岡ノ下(おかのした) 大地蔵前(だいじぞうまえ) ドウド 家ノ上(いえのうえ) 仲田(なかた) 仲田道(なかたみち) カイジリ 福谷(ふくたに) 狸ベライ(たぬきべらい) ハゲキハノ口(はげきはのくち) 本谷(ほんたに) カマガ谷(かまがたに) 高アゼ(たかあぜ) 田ノ谷(たのたに) ヒジリ谷(ひじりたに) ヒジリ谷口(ひじりたにぐち) 家ノ前(いえのまえ) ナハテ 山鼻(やまばな) 家ノ奥(いえのおく) 広道ノ上(ひろみちのうえ) 湯舟(ゆぶね) 椎木原(しいのきはら) 太郎谷(たろうだに) 太郎谷口(たろうだにぐち) 迎谷(むかえだに) 杉谷口(すぎたにぐち) ヨフ谷(よふたに) 谷(すぎたに) 谷奥(すぎたにおく) 広道ノ下(ひろみちのした) 上谷奥(かみたにおく) 上谷(かみたに) 神出ケ原(かみでがはら) シグ谷(しぐだに) 薄谷口(うすだにぐち) 薄谷口上(うすだにくちうえ) 寺ノ上(てらのうえ) 岡ノ下ヒエ田(おかのしたひえだ) サヲヤ 高地蔵上田コウ田ノ谷(たかじぞううえたこうだのたに) カフロ谷(かふろたに) 七段(ななだん) 田コウ田(たこうだ) カフロ坂(かふろさか) 石橋ノ下(いしばしのした) 谷寺(たにでら) 内谷(うちたに) 石亀(いしかめ) スモモ谷(すももダだに) スモモ谷右ノ谷(すももたにみぎのたに) スモモ谷奥(すももたにおく) スモモ谷小谷奥(すももたにこたにおく) スモモ小谷(すももこたに) 梨子ケサコ(なしがさこ) イセキ谷(いせきだに) イセキ谷左谷(いせきたにひだりたに) ハケ鼻(はけはな) 大津谷(おおつたに) 梅サコ(うめさこ) カゲヤ口(かげやぐち) カゲヤ 大成(おおなる) 小峠下(ことうげした) 唐滝(からたき) ウキメ スケノ谷(すけのたに) 小峠谷(ことうげたに) カツラ カツラ奥(かつらおく) ナメラ 小カツラ谷(こかつらたに) 小谷(こたに) ヒガンデ口(ひがんでぐち) 水谷(みずたに) 水谷奥(みずたにおく) 峠ノヲテ(とうげのをて) 地蔵ノ下(じぞうのした) 大津谷口(おおつたにぐち) ムクロジノ奥(むくろじのおく) ムクロジノ口(むくろじのくち) メヲト石東(めをといしひがし) メヲト石道添(めをといしみちぞい) ハケ鼻ノ上(はけはなのうえ) ハケ鼻ノ下(はけはなのした) ハケ鼻川向(はけはなかわむかい) ハケガ鼻口(はけがはなぐち) イセキ谷口(いせきたにぐち) イセキ道下(しせきみちした) イセキ口(いせきぐち) ナシケサコ 杏谷(あんずたに) 杏谷口(あんずたにぐち) 石田(いしだ) 栗林(くりばやし) 上岡谷(うえおかたに) 岡谷(おかたに) 下岡谷(しもおかたに) 奥山蛇谷口(おくやまへびたにくち) 坂尻(さかじり) 梨ケサコ上(なしがさこうえ) 岡ノ下(おかのした) 寺ノ下(てらのした) 岡ノ下川原(おかのしたかわはら) 小町分(こまちぶん) 堂ノ前(どうのまえ) ウス谷下(うすたにした) 山添(やまぞい) 宮ノ下(みやのした) 宮ノ前(みやのまえ) 石橋(いしばし) 大橋(おおはし) 高地蔵(たかじぞう) 坪内(つぼうち) 大木元(おおきもと) 山田(やまだ) 横長(よこちょう) 横長上(よこちょううえ) 大町(おおまち) 四ツ町(よつまち) 長町(ながまち) 四ツ町川原上(よつまちかわらうえ) 四ツ町川原(よつまちかわら) 川原(かわら) 清水(しみず) 大田(おおた) 大田西(おおたにし) フカ田丸町(ふかたまるまち) フカ田(ふかた) 助政上(すけまさうえ) 助政(スケマサ) カマ町(かままち) 助政下町(すけまさしたまち) イクジ イクジ谷口(しくじたにぐち) イクジ谷(いくじたに) イクジ上(いくじうえ) 長サコ(ながさこ) 谷寺鼻(たにでらばな) 橋詰(はしづめ) 川バタ上(かわばたうえ) 四辻ノ下(よつつじのした) 四ツ辻(よつつじ) 谷寺口(たにてらぐち) 石亀下(いしかめした) 荒神(こうじん) 半六田(はんろくだ) 宮ノ後(みやのうしろ) 宮ノヲテ(みやのをて) 荒神出(こうじんで) ムシヨウ谷(むしょうたに) 辻ノ後(つじのうしろ) カモウ谷(かもうたに) 小金谷口(こきんたにぐち) ハグチヨ 小金谷(こきんたに) 花ケ谷(はながたに) 小金谷(こきんたに) 小金谷道上(こきんたにみちうえ) 荒井道上(あらいみちうえ) ホリサコ 小坂口西側上(こさかぐちにしがわうえ) 小坂口西側奥(こさかぐちにしがわおく) 小坂谷口(こさかたにぐち) 小坂谷口上(こさかたにぐちうえ) 椎木谷口(しいのきたにぐち) チブ谷(ちぶたに) 椎木谷(しいのきだに) 椎木谷口道ノ上(しいのきだにみちのうえ) 大釜谷上へ(おおかみだにうえ) 小坪坂奥大石ノ下(こつぼさかおくおおいしのした) 茶屋ノ下(ちゃやのした) □□□坂上 大石ケ上天神(おおいしがうえてんじん) 左ケ谷(ひだりがたに) □ヤガサコ ヘイ谷(へいだに) 二反田(にたんだ) 家ノ口 田ノ谷道ノ下(たのたにみちのした) 田ノ谷(たのたに) □ケ谷口山 経塚(きょうずか) 峠ノ下(とうげのした) 峠ノ谷上谷口 東山添(ひがしやまぞい) 藪□ 向地 シグ谷口(しぐたにくち) 札場(ふだば) ハイカキ 岡谷口(おかたにぐち) □□□岡村 下ノ谷(しものたに) 下ノ谷小谷(しものたにこだに) 大門上(だいもんうえ) 大門下(だいもんした) サ□ヤ アサ町(あさまち) 七七段ノ下(ななだんのした) 七七段ノ上(ななだんのうえ) 内谷(うちたに) □ケ鼻 大津谷(おおつたに) 上カフロ(かみかふろ) 中カフロ(なかかふろ) カフロ ナメラ口(なめらぐち) 水谷奥(みずたにおく) 峠ノ後(とうげのうしろ) 引原(ひつばら) タコウタ 堂ノ後(どうのうしろ) □谷口 長サ□ 林ノ谷(はやしのたに) 宮ノ後上(みやのうしろうえ) 下ノ谷口(しものたにぐち) カブロ 中カブロ(なかかぶろ) シク谷(しくたに) シク谷口(しくたにぐち) ハイガキ 岡谷奥(おかたにおく) 城ノ谷(しろのたに) コヤガ谷(こやがたに) 六郎谷(ろくろうだに) ゲンキヨウ谷(げんきようたに) 椎助谷(しいすけだに) シルナシ 岡(おか) ワイガキ 向上地(むかいかみじ) 坪坂(つぼさか) チブ谷奥(ちぶたにおく) 舟ケ谷奥(ふながたにおく) 舟ケ谷(ふながたに) 下ヲン谷(しもをんたに) 上岡谷(うえおかたに) タコウ田(たこうだ) 彼岸出(ひがんで) ククシ谷(くくしたに) ナブ谷(なぶたに) リヨホウ谷(りよほうたに) スケノ谷(すけのたに) 小ケン原(こけんはら) アミダドウ 本谷(ほんたに) 道ノ上小谷(みちのうえこだに) ヲンタニ 蜂ケ鼻(はちがはな) 坪内(つぼうち)


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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『丹後資料叢書』各巻
『丹後国竹野郡誌』
『網野町史』
その他たくさん



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