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丹波の

上司(じょうし)
京都府南丹市美山町上司


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京都府南丹市美山町上司

京都府北桑田郡美山町上司

京都府北桑田郡宮島村上司



上司の概要




《上司の概要》
由良川右岸の府道12号(綾部宮島線)沿道の集落。
古代は弓削郷、中世は野々村庄。
上司村は、江戸期~明治22年の村。宮島11ヵ村の1。園部藩領。明治4年園部県を経て京都府桑田郡、同12年北桑田郡に所属。同22年宮島村の大字となる。
上司は、明治22年~現在の大字名。はじめ宮島村、昭和30年からは美山町の大字、平成18年からは南丹市の大字。

宮津市栗田にも同名の地名がある。上司とは、今でもこの言葉は職場などで使われるが、ここでは荘園の荘官の一つで、荘園領主に代わって、下司(げし)、公文(くもん)などの下級荘官を指揮して、年貢徴収など荘園経営の実際の仕事をした者という。預所(あずかりしょ)とも中司とも呼ぶそう。在京のことが多いが、当地はこの地にその館があったものか…


《上司の人口・世帯数》 38・17


《上司の主な社寺など》

上司経塚
小字溝ノ上(本妙寺裏山)の上司経塚(1~7号)。室町時代のもので、1~7号とも積石塚状で直径5~7メートル、高さ1~1.5メートル。最大の五号経塚の墳頂部に五輪塔がある。

神社はなく、宮脇の道相神社の氏子

顕本法華宗円常山本妙寺

寛永11年(1634)日信の開基と伝える。境内の善逝(ぜんせい)堂には廃寺となった真言宗加法(かほう)寺の本尊薬師瑠璃光如来を安置するという。

『北桑田郡誌』には、
圓常山本妙寺 上司にあり、日蓮宗一致派妙顯寺 京都寺ノ内 末にして、寛永十一年三月日信上人の開基する所といふ。もとここに眞言宗加法寺ありし故に、今尚境内善逝堂に本尊瑠璃光藥師如來を安置しその霊験著しとて地方人の崇信甚だ篤し。
とある。

『美山町誌』は、
木造薬師如来坐像 一躯
   美山町字上司小字溝ノ上ー
   本妙寺善逝堂
等身の薬師如来坐像で、平安時代後期の偉容や技法をよく伝え、町内に残る同時代の作品のなかでは最も優れているといわれている。穏やかな面貌、体躯の肉付けが豊かで上体及び膝の張りが強く堂々とした構えに特色がある。専門家は一二世紀の都ぶりともいうべき整った作品で、当地が都の文化圏の中にあったか、また近い地域であったことの証明になると。
 台座は蓮肉・上・下敷茄子、華盤、受座、返花の各部も当初からのもので、光背のみ近世補作の輪光にかわっている。本体や座光を通じて表面の漆箔、彩色等に修理のあとがみられ、それが原容を損っているのが惜しまれる。像高は八四・七センチメートルこの附近にあったといわれている加法寺の本尊ではないかと思われるが確証はない。」という。



《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


上司の主な歴史記録




上司の伝説








上司の小字一覧


上司(ジョウシ)
溝ノ上(ミドノウエ) 古ヤ(フルヤ) 小倉畑(オグラバタ) 針ノ木田(ハリノのキダ) 水舟(ミズフネ) 猩々畑(ショウジョウバタ) 丸山ノ下(マルヤマノシタ) 丸山(マルヤマ)

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『北桑田郡誌』
『美山町誌』各巻
その他たくさん



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