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丹波の

十二(じゅうに)
京都府福知山市十二


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京都府福知山市十二

京都府天田郡上川口村十二



 

十二の概要


《十二の概要》


立原の川向かいで、国道9号線から十二橋を渡り、山陰本線を越すと小さな集落がある。集落の南に十二山、その南は姫髪山(406m)。
十二集落(福知山市)

十二村は、江戸期~明治22年の村。金谷郷のうち。福知山藩領。
今は小さな集落だが、古くは大内村立原村は当村の枝村であったという。
寺社方覚帳(威光寺文書)に、「里老曰」として「大野邑ヨリ野花村ヲ分ツ、野花ヨリ十二村ヲ分ツ、重新(デユウニ)村也、十二村ヨリ立原村ヲ分ツ、野原村ヨリ夷村ヲ分ツ、又大内村ヲ分ツ、古代ノ検地割帳、国絵図ノ節詮議有之、十二村助作ト云者所持致、福知山へ上ケル、大野村ハ今ノ牧村也」とあるそう。十二を「重新」と表記している。明治4年福知山県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年上川口村の大字となる。
十二は、明治22年~現在の大字名。はじめ上川口村、昭和30年からは福知山市の大字。


《十二の人口・世帯数》 35・18


《主な社寺など》


産土神は、牧村にある一宮神社

秋葉神社



《交通》


《産業》


十二の主な歴史記録


十二村  右同
高貳百四十石
古大内村立原村ハ当村ノ支也 古ノ水帳残テ在之
(『丹波志』)


十二村   高 二百四十石   福知山領
 古は大内村、立原村は当村の支村なりしなり、故に水帳は此村にありしといふ。

十二
 立原から左へ折れて十二橋を渡ると、戸数二十戸許りの十二部落へ出る。牧川に浴うて肥沃な田畑を前にひかえ、後には十二山を負いの平和な純農村で養蚕業も盛んである。部落の中央に埴安命を祭る秋葉神社がある。
(『天田郡志資料』)

上天津に、下十九 十五 十九とか八ヶ坪の小字があるが、その系統で古代条里制の名でないかとも言われる、あるいは十二ヶ坪のことかも知れない。条理を復原してみないことにはわからないが、何度も洪水に見舞われたであろう土地なので、当時の地形は失われていて復原もむつかしい。
あるいは、舞鶴神埼の湊十二社とか、これは天神七神と地神五神を祀る熊野神社系と思われるが、もう一つ、古くからの十二様と称する土着の山の神を祀ったものがあるという。
柳田国男の「妹の力」に、
村民某の嫁おかる、氏神の社に蔵する風流の面を盗み来り、之を被って姑を脅かしたところが、其面顔に附きて取らんとすれども離れず、恥ぢて岩窟に身を隠したともいへば、或は杓子岳に登り去るとも謂って、今も十二と名づくる小祠を祀る岩屋がある。十二は信越会津にかけての山の神の唱へ方である。
もっと広く十二神社というのが結構あるようである。この十二か、それとも他の何かか。




十二の小字一覧


十二(ジユウニ)
麻畑 井ノ上 井ノ元 芋根 内松井 大石 大畑 大崩 上ケ石 上ノ山 小谷 西ノ坊 西ノ前 東ノ前 松井 町田 蓑雲 柳谷 横サ 井ノ上 井ノ元 大畑 大崩 上ノ山 小谷 西ノ前 松井 蓑雲 柳谷 横サ

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『丹波志』
『福知山市史』各巻
その他たくさん



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