丹後の地名

丸田
(まるた)
舞鶴市丸田


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京都府舞鶴市丸田東・丸田西

京都府加佐郡加佐町丸田東・丸田西


 

丸田の地誌

《丸田の概要》


丸田は舞鶴市の北西部。由良川下流左岸に位置する。由良川が北流しその西岸を並行して国道178号線が走る。集落は丸田川の谷間にある丸田西と由良川の自然堤防上にあった丸田東に分れている。丸田東は度重なる洪水を避けて大正の初め頃近くの山脚部に移転した。移転集落のうち一つは川べりにあった上平方(うえひらかた)で、他は少し内部に位置した門戸(もんど)。上平方は農業のほかに対岸下東村との間に渡舟業をも行っていたという。
 丸田村はすでに室町期に見える村名で、「丹後国田数帳」に祇薗寺荘65町334歩が見え、そのうち12町3反151歩は「丸田村羽太修理進」が知行していた。また「政所賦銘引付」文明9年11月3日条には「羽田修理進親家 医師祐乗より去文明元年七十貫文預り置候、丹後国丸田村代官職契約せしめ候間、彼の所の年貢段銭等を以て百余貫収納せしめ候」と見えるそうである。原告の羽太修理進親家は、田数帳の羽田修理進と同一人物と推測されている。この記事によれば、親家は文明元年、医師祐乗方から借銭をしたが、その返済に丸田村代官職得分をあてた。にもかかわらず祐乗は返済の催促をやめないというのである。羽太氏については、「丹後国田数帳」中郡大野郷に4町9反余の知行者羽太兵庫助があり、「親元日記」寛正6年2月1日条に羽太修理進、同月28日に羽田修理と見えるそうである。秦氏であろうか。
天正年代に但馬竹田城主四方但馬守の子孫鹿田多左衛門が戦いに敗れて当地に逃れ、鼻山頂に居を構え、12町3反余を所有したという伝承がある(鹿田家文書)。という。
丸田村は、江戸期〜明治22年の村名。丸田は明治22年〜現在の大字名。はじめ丸八江村、昭和3年八雲村、同30年加佐町、同32年からは舞鶴市の大字。


《人口》241《世帯数》75(丸田東・丸田西の合計)

《主な社寺など》
八雲小学校
氏神は八幡宮(現麻良多神社)麻呂多社とも記しているが、「延喜式」神名帳の加佐郡「麻良多神社」に比定される。
曹洞宗桂林寺末法輪山宗見寺
稲荷社
天神社

《交通》

《産業》


和江村の主な歴史記録


《注進丹後国諸荘郷保惣田数帳目録》
 〈 一 祇薗寺庄 六十五町三百卅四歩内
  六十二町七段百八十三歩   光寿院
  十二町三段百五拾一歩   丸田村 羽太修理進  〉 

《丹後国加佐郡寺社町在旧起》
 〈 丸田村
 天神の社あり八幡宮氏神となす宝輪山宗見寺これまた桂林寺末寺、丸田、八田両村の菩提寺なり  〉 

《丹後国加佐郡旧語集》
 〈 定免七ツ八分
丸田村 高四百三拾六石
    内弐拾石三升八合九勺 万定引
    五拾五石御用捨高
 宗見寺 法林山 桂林寺末
  丸田村 八田村 八戸地村之寺
 稲荷
 観音
 天神
 八幡宮 氏神  〉 

《丹哥府志》
 〈 ◎丸田村(和江村の南)
【麻良田神社】(延喜式)
【法輪山宗見寺】(曹洞宗)
 【付録】(八幡宮、天満宮、秋葉、薬師堂、不動)  〉 

《加佐郡誌》
 〈 丸八江村。凡海郷由良庄に属していたもので此の村名は丸田、八田、和江の三ケ字の文字を抽取って作ったものである。今は八戸地を加へて四ケ字から成っている。
本村には麿田、四囲が鼻、門戸、祭田、斎宮、二位座、御座脇、朝宮といふやうな由緒のあると思はれる大小字名を有し丸田、門戸、和江には数多の古墳があって上代の土器が発掘せられる。今後の研究によって仝村の歴史上に於ける地位が明らかになるであらう。  〉 



丸田の小字


丸田 宮ノ谷 椎ケ鼻 朝宮 供田 宮ノ前 下町田 今西下 野田 上町田 五反坪 フケ 清水尻 才ノ木 山田 村中 三条橋 滝ケ谷 水ケ谷 千原 北ケ谷 今井谷 迫ノ尻 天神 桜木 今西 門戸 湯ノ尻 墓ノ下 島崎 藤六 柴原 松尾 奥ノ谷 大坪 ヒシリ 横枕 ハザマ 三反田 コブラ ナラノ木 柿ノ木 稲木場 竹原田 北ケ由里 斉宮 一ノ向 岩鼻 カリ又 バンゾ 五反畑 花ノ木 茶屋舟戸 方丈田 池ノ元 竹ノ下 才田 下平方 平方 上平方 田方 平 木船 安ノ奥 舟ケ谷 波坂 六路西 狸ケ谷 尾ケ日向 北ケ谷口 六路東 五反田


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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『舞鶴市史』各巻
『丹後資料叢書』各巻
その他たくさん





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