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丹波の

新宮町(しんぐうちょう)
京都府綾部市新宮町


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京都府綾部市新宮町

京都府何鹿郡本宮村



新宮町の概要




《新宮町の概要》


本町2丁目から南ヘ少し入った所。↑綾部市図書館があるが、そのあたりの住宅地。西は田町、南は新町、東は本宮町に接する。

新宮村(江戸期~明治9年)
今の綾部市本宮町・新宮町・並松町・上野町のあたりは江戸期は新宮村であった。綾部郷12ヵ村の1つで、西にあった坪内村との境界は不明。地名の由来は当地の熊野新宮社によるものという。
綾部藩領で、はじめ綾部村の枝村、のち分村独立した。
寛永11年(1634)、藩主九鬼隆季は当村の下市場に陣屋を築き、周囲に侍屋敷を配したが、慶安3年(1650)大火にあい、翌年坪ノ内村の台地上に陣屋を移したという。村内の熊野新宮神社は平重盛の勧請によると伝え、もと本宮山の東麓にあったが、九鬼隆季が現在地へ移したという。
明治4年綾部県を経て京都府に所属。同9年本宮村の一部となる。
新宮町は、昭和28年~現在の綾部市の町名。もとは綾部市本宮町の一部。

本宮山は戦国時代に江田行範が居城した所と伝える(現在は宗教法人大本の霊地となっており、大本の教祖出口なおの養家は西隣の坪内村に属する)。
本宮山の南麓、寺村との間に田野川が流れ、この低地を池田(現上野町)というが、かつて大池であったと伝え、大鮭の伝承がある。この池のほとりで丹後の魚行商人がわなにかかった雉子と乾鮭を取り替えたところが、鮭が池の主となって近郷を苦しめるようになった。そのことを知ったくだんの行商人が杵を武器として大鮭を退治したというもので、その杵を祀る杵ノ宮は本宮山の山麓にあったが、現在は上野町の若宮神社に合祀されている。「西鶴諸国ばなし」に「丹波に一丈二尺の乾鮭の宮あり」と述べているのは、この杵ノ宮のことであろうといわれている。


《新宮町の人口・世帯数》 143・63


《主な社寺など》


《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


新宮町の主な歴史記録




伝説




新宮町の小字一覧




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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『何鹿郡誌』
『綾部市史』各巻
その他たくさん



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