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旧・檜山村(ひのきやま)
京都府船井郡京丹波町中台・橋爪・大朴・和田・井脇・井尻・八田・小野


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京都府船井郡京丹波町中台・橋爪・大朴・和田・井脇・井尻・八田・小野

京都府船井郡瑞穂町中台・橋爪・大朴・和田・井脇・井尻・八田・小野

京都府船井郡瑞穂村中台・橋爪・大朴・和田・井脇・井尻・八田・小野




旧・檜山村の概要




《旧・檜山村の概要》
「檜山」は今は大字橋爪の小字として残る。瑞穂町の役場があるあたりである。役場の前を東西に通るのが旧山陰街道で、当地で北から綾部街道・田辺街道が合流した。ここから中台を通る府道444号が旧山陰街道になる。

山陰道。先は生野方面↑。右端は役場。
山陰道。先は須知方面↓。チト赤っぽい建物は旅館かな


旧檜山村は、明治22年~昭和26年の船井郡の自治体。村面積2,500余町で、そのうち2,000余町が山林地。山陰街道が貫通し、鉄道以前の時代には宿場として繁栄した。
明治22年、中台・橋爪・大朴・和田・井脇・井尻・八田・小野の8か村が合併して檜山村が成立した。大字は旧村名を継承して8大字を編成。
村内はほとんどが山地で、主産業は農林業、ことに林業への依存度が高い。明治19年に山陰街道の改修が促進されると同時に材木の乱伐が行われ、山の荒廃を招いた。同39年京都府下6か所のうちの1か所として当村に府模範林が設置され植栽を開始、同42年終了した。同43年集落有林1,400余町歩の無償統一を完了。統一後、村有林に植林をしたのちは林業も軌道にのり、教育・産業・文化などの村制の財源となった。松茸は村直営下に管理され、収益は勧業・通信施設維持・保健衛生・遠距離地域児童通学・消防器具維持などの諸経費に使用されたという。
明治29年に檜山村伝染病舎建設、昭和3年特設電話架設、同23年国営自動車三ノ宮線檜山~三ノ宮間開通、のち国鉄自動車福知山営業所檜山支所が設置されて当町の交通の要所となる。
明治9年、橋爪村字檜山に設置された道宣校は、同20年橋爪尋常小学校、同22年檜山尋常小学校と改称、中学校は昭和22年に単独で設置、同24年檜山中学校開設、前年の23年には須知高校檜山分校も開設された。
昭和26年の戸数533 ・ 人口2,713。面積28.93㎢。
橋爪小字檜山に設置された瑞穂村の役場は、のちに瑞穂町の中心地をなす基礎となった。昭和26年瑞穂村の一部となり、村名は解消した。村制時の8大字は瑞穂村の大字に継承された。

文明元年(1469)8月11日付京極持清書状に「於檜山合戦之時、被官人致太刀打、手負候由」と記され合戦場となっている。交通の要地であったため攻防の場となったのであろう。近世にも村の中心であったらしく、貝原益軒の「西北紀行」に「中尾村」(中台村の誤記か)の次に「檜木山村」を記している。

今は京丹波みずほインターがあり、国道9号と綾部や丹後方面とを結ぶ交通の要地である。

旧・綾部街道は、ここから北ヘ向かい、だいたい今の国道173号で、榎峠(みずほトンネル)、質山峠(須知山トンネル)を越えて綾部に至った。参勤交代の際にも利用されたという。
旧・田辺街道も、北ヘ向かい、だいたいは今の京都縦貫道沿いのルートで、水呑から草尾峠を越えて、和知町広野、立木、山家で由良川を渡り、上林谷に入り、横峠を越えて、安国寺、そこから真倉へ出た。参勤交代の際にも利用されたという。




旧・檜山村の主な歴史記録


『船井郡誌』
檜山村
一、沿革  古の須知郷の一部にして、今、中臺、橋爪、大朴、和田、井脇、井尻、八田、小野の八大字あり。徳川時代に於ては大字和田及井尻の一部は徳川氏直領にして、代官小堀數馬之を支配し、大字井脇、大朴及中臺、橋爪、井尻の各一部は旗本の士柴田七九郎の知行たり。大字八田、小野は同川勝藤左衛門の所領にして、大字中臺の一部は綾部藩に、其一部は園部藩に屬し、橋爪の一部は武田兵庫頭の所領なりき。維新の後久美濱縣に屬せしが、明治四年十一月豊岡縣の所轄となり、五年二月更に京都府の所管となる。五年五月行政區畫を定むるや、三宮村の諸村と共に船井郡第十四區となり九年九月區劃の改正に件ひ、第五區に編入せられたり。十二年四月郡區町村編成法に依り、質美村の諸村と組合を組織し、聯合戸長役場を保井谷村に設く。十四年二月組合の改正に當り、中臺、橋爪、和田の三村分難して一組合を組織し、橋爪村に聯合戸長役場を置き、井尻、八田、小野の三村は別に一組合を組織し、井尻村に聯合戸長役場を置けり。而して前者は十五年七月井脇村を併せ十七年七月大朴村を併せ、後者は梅田村の諸村と合併したり。明治二十二年四月町村制官施に當り、中臺、橋爪大朴、和田、井脇、并尻、八田、小野の八村を合せて一村となし、現時の檜山村を形成するに至れり。

『大日本地名辞書』
【桧山】今桧山村と云ふ、山陰道の間駅にして(一名橋爪)園部より此に来り、綾部生野の両路に分れ、福知山に至り、又相合ふ、本駅の南方に蕨野と呼ぶ原野あり。桧山の大字井尻に龍福寺あり、今曹洞宗を奉ずれど、開基不詳、本尊大日如来、享保年中再興して禅院と為り、地方に著る。
補【蕨野】○地誌提要、一名大原野、蕨野村外数村に亘る、田圃渓谷あり、東西一里南北五町、○中台村外数村に亘る、田圃聚落等あり。
補【井尻】○日本名勝地誌、龍福寺は桧山村大字井尻に在り、曹洞宗なり、往昔は一座山の頂に在りて大日如来を安置す、何年何人の草創に係るやを詳にせず、享保三年断崖独橋和尚なる者、偶々此地を過ぎ、霊利の頽廃に帰せんことを悲み再建す。








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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『船井郡誌』
その他たくさん



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