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丹波の

稲次(いなつぎ)
京都府船井郡京丹波町稲次


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京都府船井郡京丹波町稲次

京都府船井郡和知町稲次

京都府船井郡下和知村稲次





稲次の概要




《稲次の概要》
北を由良川が西流し、その南岸河岸段丘上に耕地や集落がある。JR山陰本線や国道27号線が走る。三峠山(668m)の北麓に当たる。中世は和智庄の地。
稲次村は、江戸期~明治22年の村。元和5年から園部藩領。明治4年園部県を経て京都府に所属。同5年から同17年まで坂原村ほか9か村の連合戸長役場を設置。同22年下和知村の大字となる。
稲次は、明治22年~現在の大字名。はじめ下和知村、昭和30年からは和知町の大字、平成17年からは京丹波町の大字。


《稲次の人口・世帯数》 22・55


《稲次の主な社寺など》

藤森神社

国道27号沿いに鎮座。
『和知町誌』
藤森神社(稲次)
『寺社類集』には、稲次村の産土神として、本郷に、
 産神 歳神社 一尺九寸六分ニ二尺七寸六分
   勧請年号知ラズ
  末社二社  各一尺一寸ニ一尺三寸
   何ノ神タルヤ詳ニセズ、勧請年度亦知ラズ
  右境内三十間ニ三十三間
と記しているが、現在集落の氏神社として祀られている藤森神社を指すものであろう。
祭神は国常立命、由緒は不詳という(『神社誌』)


檀那寺は出野の臨済宗長源寺


《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


稲次の主な歴史記録



稲次の伝説


『和知町石の声風の声』
弘法大師に関する伝説
日本至る所に弘法大師に関して種々の伝説が残っているが、其の昔和知町の寺はほとんど真言宗であったと聞く、割合に弘法大師に関する伝説が少ない。僅かに稲次の奥の塩出に弘法大師がその地に来られた時に、田畑に附近の竹の根が入り込んで困ると訴えたところ大師は直ちに田畑に向って何やら呪文をお唱えになって、今後竹の板は田畑に這入ることはないから業務にはげむよう申されて立ち去られたと云う。それからと云うもの隣に竹が生えて居っても根は田畑に入り込むことはなくなったと云う伝説があり、中山には村の下を流るる高屋川の中に大きな石かころかっているのを弘法岩と呼んでいるに過ぎない。その理由として何も伝わっていない。この岩も和知ダムの完成後は或は水底に没するだろう。






稲次の小字一覧


稲次(いなつぎ)  西田(にしだ) 迫畑(さこはた) 井根ノ上(いねのうえ) 仲ノ垣内(なかのかいち) 野畠(のばたけ) 岡崎(おかざき) 清水(しゅうず) 才ノ元(さいのもと) 岸ノ下(きしのした) ズエ 岡(おか) 山ノ下(やまのした) 兵井谷(ひょういだに)

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『船井郡誌』
『和知町誌』各巻
その他たくさん



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