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戸津川(とつかわ)
京都府船井郡京丹波町戸津川


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京都府船井郡京丹波町戸津川

京都府船井郡瑞穂町戸津川

京都府船井郡瑞穂村戸津川




戸津川の概要




《戸津川の概要》
川合の天一大原神社の南、国道173号「みずほトンネル」の北、土師川支流の川合川の上流域、戸津川流域にあり、国道沿いの四方を山に囲まれた狭い谷間の集落、水系的には天田郡の諸村とつながる。
戸津川村は、江戸期~明治22年の村。等持院領。明治元年久美浜県、同4年豊岡県を経て京都府に所属。同22年三宮村の大字となる。
戸津川は、明治22年~現在の大字名。はじめ三宮村、昭和26年瑞穂村、同30年からは瑞穂町の大字、平成17年からは京丹波町の大字。昭和24年丹波バスが綾部~戸津川間に運行開始、路線の綾部街道(綾部瑞穂線)は昭和39年に主要地方道となり、さらに同50年国道173号に昇格した。改修前の綾部街道はドスンバラシイケモノミチだった、二度と走りたくない道、命がけで走らねばならなかったが、ずいぶんとよくなった高速並である。同30年、瑞穂町で最初の簡易水道を設置した。

《戸津川の人口・世帯数》 16・9


《戸津川の主な社寺など》
古岩神社

地内の宮ノ前に古岩神社がある。創立事情は不明で、往古の丹波国に関係の深い大山咋命を祀るとも、近江日吉神社の分社とする伝もある。

『郷土史三ノ宮』
古岩神社
所在地 戸津川小字宮の前八番地
社 格 村社 明治六年村社と公定
祭 神 大山昨神
由 緒 創立年月日不詳 口碑伝説によると滋賀県元官弊社日吉神社の分社という。日吉神社の年祭に乗列の招待をされた実例があるという。
境内神社
 稲荷神社 祭神 倉稲冤神
  由緒 不詳


光音寺(廃寺)
『郷土史三ノ宮』
光音寺
 所在地 字戸津川
 字戸津川の区域は古え等持院領であった。寺は字宮ノ前三十七番地
この付近に光音寺というのが所在していたと伝えられているが、その詳細は詳かではない。但し現在に於でも戸津川区の薬師如来堂に次の板札が安置されているのから推察しても、この寺が戸津川に在ったものと思われる。寺院の位置は、古岩神社の東の谷合小字宮の前三七番地附近だと言われている。



《交通》
国道173号はみずほトンネルで、質志に繋がるが、古くはこの峠を枯木峠といったようで地名に残っている。榎峠というもこの峠で、今も道がある。

《産業》


《姓氏・人物》


戸津川の主な歴史記録




戸津川の伝説


『郷土史三ノ宮』
子安地蔵尊
 戸津川の子安地蔵尊は氏神古岩神社の隣りに祀ってある。
 赤ん坊を抱いた立派な石の地蔵さんで、この地蔵さんにお願いすれば必ず安産で丈夫な子が授かると伝えられお産をする人は皆んなお参りしている。戸津川の人で難産の人は一人もいないといわれている。
 現在もたくさんのよだれかけが、お地蔵さんの首にかけてあり、お参りする人は今も絶えないという。

戸津川の薬師如来
 昔に戸津川に光音寺という寺があった。その寺の薬師堂に祀ってあった薬師如来像は、当時金銀塗りで目は宝石入りという立派なものであったが、或日突然紛失してしまった。驚いた村人達は附近を探したが見つからず、わらじばきで手分けして方々を尋ね廻った。
 和知の大廉まで来たとき子守女がいたので聞いたところその子守女は「こんな所に薬帥さんが寝てござる」
と唄をうたって教えてくれた。近くの納屋を探すと、薬師さんは金銀も宝石もむしりとられてかくしてあったので村人達はこの薬師さんを背負って帰ったという。現在では戸津川の公民館の横の薬師堂に祀られてある。








戸津川の小字一覧


戸津川(とつかわ)
大森(おおもり) 枯木峠(かれきとうげ) 熊ケ谷(くまがたに) 大明軍(だいみょうぐん) 堂ケ市(どうがいち) 長谷(ながたに) 氷ノ谷(ひのたに) 本定(ほんじょう) 宮ノ前(みやのまえ)

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『京都府の地名』(平凡社)
『船井郡誌』
その他たくさん



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