丹後の地名 若狭版

若狭

上野(うえの)
福井県小浜市上野


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福井県小浜市上野

福井県遠敷郡松永村上野

上野の概要




《上野の概要》
松永川流域に開けた地域。県道23号(小浜朽木高島線)と西若狭街道が合流するところに集落がある。
上野村は、戦国期に見える村名。天文2年(1533)霜月18日の明通寺寄進札に「上野宝満寺」とある。永禄年間には熊谷蓮西が在地を支配していたと伝える。天正年間に入って明通寺寄進札に「上野村 左近大夫」「上野村 孫兵衛女」などと村名として見える。
近世の上野村は、江戸期~明治22年の村。小浜藩領。「雲浜鑑」によれば、家数43・人数200。松永諸村の飢饉用穀物倉庫があったが慶応年間太興寺村に移築されている。明治4年小浜県、以降敦賀県、滋賀県を経て、同14年福井県に所属。同22年松永村の大字となる。
上野は、明治22年~現在の大字名。はじめ松永村、昭和26年からは小浜市の大字。明治24年の幅員は東西1町余・南北2町余、戸数33、人口は男85 ・ 女90。明治期に入り松永村で伝染病が頻繁に発生したため明治33年地内に隔離病舎を設置し防疫体制を強化した。


《上野の人口・世帯数》 354・125


《上野の主な社寺など》

集落の北西に上野八幡古墳(円墳)がある。

天満神社

集落から少し離れた森の中に鎮座。菅原道真を祀り、松永二宮とされ、境内地が菱形をしていることから古くは「菱の森」と呼ばれたという。


日蓮宗常在山本長寺

村の一番の奥にある、本長寺は貞享元年(1684)に開山、文化12年焼失したが、村民の努力により復興した。妙見堂が奥側にある。
『遠敷郡誌』
本長寺 日蓮宗長源寺末にして本尊は題目寶塔釋迦多寶なり、同村上野字谷口に在り、正徳二年長源寺第十九世日純の開基なり、境内佛堂に妙見堂あり、弘化四年攝州能勢より勸請す。


永福庵
寛保元年曹洞宗空印寺の面山和尚が開いた永福庵は,明治16年まで当村にあったが、奥田縄に移され、面山は洞門中興の名僧で、全国に法系寺院100余ヵ寺といい、若狭国内では20余ヵ寺ある。跡地には杉田玄白の父甫仙による永福般若蔵建造の石碑が残る。


《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


上野の主な歴史記録




上野の伝説






上野の小字一覧


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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『福井県の地名』(平凡社)
『遠敷郡誌』
『小浜市史』各巻
その他たくさん



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