丹後の地名 若狭版

若狭

挙野(あげの)
福井県大飯郡おおい町名田庄挙野


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福井県大飯郡おおい町名田庄挙野

福井県遠敷郡名田庄村挙野

福井県遠敷郡知三村挙野



挙野の概要




《挙野の概要》

名田庄の中央で、久坂の川向かい。南川の右岸に開ける。
中世には名田庄下庄に属する知見村の地。江戸時代にも知見を冠してよばれた。
挙野村は、江戸期~明治22年の村。久坂村・小倉畑村と合わせて知見村と総称された。小浜藩領。「正保郷帳」では上野村と記され、「元禄郷帳」「天保郷帳」では知見挙野村と記される。明治4年小浜県、以降敦賀県、滋賀県を経て、同14年福井県に所属。同22年南名田村の大字となる。
挙野は、明治22年~現在の大字名。はじめ南名田村、明治24年知三村、昭和30年名田庄村、平成18年からはおおい町の大字。明治24年の幅員は東西3町・南北1町余、戸数20、人口は男58・女54。

『福井県の地名』(平凡社・imageoffice)→(挙野村(あげのむら) (現)名田庄村挙野
 小倉畑(おぐらはた)村の南方、南(みなみ)川の右岸に位置する。村域の大部分は山林原野で、農耕のほか製炭を生業とした。中世には名田庄下庄に属する知見(ちみ)村の地。江戸時代にも知見を冠してよばれた(天保郷帳)。正保郷帳によれば田方六二石余・畠方一四石余。村域内に浄土真宗光徳(こうとく)寺がある。天文年中(一五三二ー五五)了誓の開基と伝え(知三村誌)、もとは天台宗であったという(名田庄村誌)。)


《挙野の人口・世帯数》 164・60


《挙野の主な社寺など》

真宗大谷派光徳寺

『名田庄村誌』
光徳寺
宗 派 浄土真宗
所在地 挙野第十二号二番地
 本尊木造阿弥陀仏は、伝教大師の作と伝えられる。
 当寺は以前は天台宗であったが、蓮如が、この地を巡化のとき、その高徳をしたって改宗したものと思われる。その年代は他の真宗の寺院と同様、西暦一四七五年頃であろう。
 知三村誌には、天文年中僧了誓が開基したとの所伝を記している。
 寺域五百五十七平方メートル、以前は現在の所よりやや下方に位置していたが、寛永年間(一六二四)火災をさけるため現在の所に移ったと伝えられている。現在の堂宇は。文化三年(一八〇七)の建立である。寺域は高所なため、西の方には飯盛山を望み、右小倉畑光久寺と相対し、大田祐安の居城があったと伝えられる城山と向いあっている。


『遠敷郡誌』
光徳寺 真宗大谷派にして本尊は阿彌陀佛なり、同村挙野字上峠に在り、往昔天台宗なりしが文明年中蓮如上人に歸依して真宗となると云ふ。


曹洞宗無量山福寿寺

虫鹿野出合にあったお寺のようで、何時頃か当地へ移されたよう。新しい墓石が並ぶ。
『名田庄村誌』
福寿寺
宗 派 曹洞宗
所在地 出合区寺の下十五番地
本尊は、木造薬師瑠璃光如来坐像で、これは本村では、珍らしい事である。
 明応八年(一四九九)武田家の臣土屋の一族である、露仏霊巌が創建したといわれる。
 のち挙原三郎右エ門・出合助左エ門が当寺の廃頽するのを歎き、天和元年(一六八一)小浜市西津松福寺第一世龍山玄孫を請して平僧地を建立した。
 その後明治七年道関が小浜空印寺快運道寧を法地開山と仰ぎ、自分は第二世となり第三世知定に住職をゆずり、国富天養寺に転住した。智定は、明治三十二年第四世源長に住職をゆずり、近江長久寺に転住した。
 昭和六年火災に逢い堂宇焼失、昭和九年再建した。寺域三百八十三平方メートル眼下に久田川の清流が流れ、秋の紅葉は、参拝する者の眼をたのしませてくれる。

山神社
当寺後右側に山神社がある。この社もあるいは元は出合にあった社なのかも…



《交通》


《産業》


《姓氏・人物》


挙野の主な歴史記録


『名田庄村誌』
挙野
 南川右岸に沿い久坂と小倉畑の中間の山裾傾斜地帯の集落。地域内の一部には久坂区に属する地籍が現存する。その由来は不明である。
古くより農耕製炭を主とし、副業に河川漁業を営なむ人が多かったと伝えられている。さいきんは第一丁第二次産業への転換者が多い。明治六年学制公布により、この地に学習小学校が設置された。同三十六年まで、現在の知三小学校がこの地に設置されていた。
 大正三年の戸数三十四戸、人口百十七人、昭和四十三年の戸数三十一戸、人口百三十人であった。

挙野の伝説


『越前若狭の伝説』
光徳寺 (挙野)
 むかし伝教大師がこの地に回って来られ。しばらくとどまっておられた。そのとき阿弥陀像をみずから刻まれた。それが当寺の本尊である。また伝教大師は夢想の一点きゅう(灸)を伝授した。伝えて今に至り、諸方から冶療を願って来る者が多い。(知三村誌)



挙野の小字一覧


『名田庄村誌』
挙野地区
 中島 森ノ下 下秋和 上秋和 山鼻 上手林 向畠 久曾部 姥力谷 平林 火ノ谷 上峠 下峠 淵ノ上 本田 ?山 古清水 竹ノ下 広瀬 上ノ山 山越 河内谷 高見 二木柳 中間 須田 下須田 上河内 堂ノ谷 日野谷 上姥ケ谷 久曾部谷 ジョゴ 登尾 長淵 矢淵谷 芋根

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【参考文献】
『角川日本地名大辞典』
『福井県の地名』(平凡社)
『遠敷郡誌』
『名田庄村誌』
その他たくさん



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