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 高浜原発

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次は高浜
放射能ガレキ受け入れと高浜町民の声
へぼいアクセス道
やはり安くなかった
安全基準は推進派が決めた
放射能が出ている
身の毛もよだつ伝承

高浜原発
 高浜原発

↑高浜原発。東側からのぞむ。右手が1・2号機。奥の円いドームは3号機、その奥に4号機があるが、ここからは見えない。


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 次は高浜


 「国民の生活守るのため大飯原発再稼働は必要」と総理はそう政治判断したそうである。安全も本当に必要なのかもわからないままの再稼働の政治判断は原発大株主の財界とアメリカ核戦略の生活を守るためだと国民は知っていた、のたまうように本当に国民のためなら逼迫期が過ぎた今時分は停止しているはずであろう。

 その後に関電の社長が「次は高浜」と語ったという。私は「福島の次はここが事故を起こす」と言ったものかと、意外にも醒めた賢いことを言う、総理よりだいぶにましな男だ、これで全社を引き締めるものと、普通のセンスを持った男と考え当初そう誤解したのであった。
しかし本当は「大飯の次は高浜を再稼働させる」の意味だったそうで、福島から何も学んではいない元のままで、関電の都合だけでいっているようで、社長がこれならおおかたの予想通りに次は若狭(で大事故)はありそう、淡い夢というよりも軽はずみな話にゾクっと背筋が寒くなった。


 原爆ドーム
 原爆を2度も経験し、福島も経験した国である以上は、常識的に考えて、原発が消える日は長い先ではなかろうと思われる。
チェルノブイリと福島で世界の、特にヨーロッパの意識も変わりずいぶんと賢くなった、唯一の被爆国を追い越したのでなかろうか。
 二度も深刻な経験を経れば猿でも理解するが、フツーの人間には学習能力や理解能力があり、失敗をすればより賢くなるという特質がある、過去の安全安価としたジョーシキは崩れた。30〜40年超の老朽原発が立ち並ぶなかで大飯3.4号機に次いで、高浜3.4号機は若いので(それでも30年に近い、四捨五入すれば30歳。プルトニウムを燃やしているので30年もつかかは不明)、「次は高浜再稼働だ」などとムラが悪あがきしても「脱原発」の流れを押し戻すことはもう不可能であろう。科学的に人間的にまともな話としてはこの道しかありえない、何事にも終わりがある。



 福島原発の水素爆発
 日本でも国民投票すれば反対が多数となる。3.11以前に日本でも原発の賛否を問うて町村単位の住民投票が行われたことがすでに3度あった。結果はすべて反対が多数であった。その後の経験と知識の伝播によりますます増加していよう、国民投票の結果はやる前から明瞭なために、推進派とすればクソリクツをつけても絶対に避けなければならないものなのである。口先では脱原発といいながらも国民投票は避ける、彼らのキタナイ戦略はこれである。
一度反対となれば、もう賛成へは後戻りすることはない、一段賢くなっているのだから、「鉄腕アトム」や「ウランちゃん」の原子力バラ色世代の私でもそうなのだから、放射能に関して無知な層が多数となる世代交代でもない限りは、後退することはもはやない。しかし原発に関する若い人の理解も少し弱いようで、しっかり啓蒙活動も求められる。


 素人市民は原発などの議論からは無視される、何をぬかすかドシロートがと、しかし一般市民を無視し敵視したままでは、銀行資本などはともかくも莫大な税金と年月を要する国策を継続進展させれるはずはない。市民生活から完全に離れた根無し草のガクシャ・センモンカ・大会社や国のお偉いさんどもが夢みてきた安全寝言はむなしくかなわなかった、それどころか信じられないほどにあまりにも無知は彼らであったことが明らかになった。ドシロートがおのが食卓から指摘してきた危険性こそが現実になった。
思い上がってはなるまい、先端科学技術といえども生活から離れれば終わりである、市民から離れれば滅亡である。これまでの莫大な安全宣伝効果がまだ世の中には残っているので、今は何とか余命をつないでいるだけのものである。
 私は高浜町の西隣に住んでいて、ここの住民ではない、しかし高浜原発からは直線距離でちょうど10qほどで、もし大事故で高浜町民が死ぬようなことがあれば、私も死ぬであろう位置にいる。私の母親は名田庄村の出で、従兄弟など親類縁者も多く住んで地である、私は半分は若狭人であり、何も他人事の地ではない。

 チェルノブイリ4号機
 ロシアの原発などはあんなモンは問題外、日本の技術力は本家アメリカ以上です、スリーマイル事故のようなものは日本の原発は起こしません、とムラの全員はしゃあしゃあと言っていたが、あほらしくなる大ウソであった。
ムラは自分でもこの類の馬鹿げた信仰を固く信じていた、ニッポンよい国強い国、全員が己の実力を過信しすぎ、外から見れば滑稽というかここまで無知では哀れでしかないが、もう科学者でも技術者でもない人でもない、大バカ殿様である。

 原発がもし安全ならチェルノブイリも福島もなかった。チェルノブイリも「ワインを作る機械のように安全、赤の広場に置いてもよいくらい」と言われていた。
実際はレニングラード原発事故もあり、この型は緊急炉心停止ボタンを押すとかえって暴走するという制御棒の設計上の欠陥があった。しかし炉心が爆発したという前代未聞の大事故の真因を公表すればソ連内の全原発を止めねばならず、電力が足りなくなる、核戦略にも影響は必至、政治判断で真実は公表されず、運転員の信じられないミスとしてこの型の原発の運転は続けられた。原発がヤバイと市民に知られれば自国の原発体制も危うくなるため諸外国も敢えて厳しくは原因追及することは避け、ウソとは気づきながらもうやむやにし、さらにチェルノブイリによる自国の汚染情報さえも操作や隠しをしたりもして、自国の原発体制の安泰をはかった。なかにはこれぞ天佑と自分の原発の放射能を便乗垂れ流しした電力会社もあったとか。これまでの核体制の終焉をさけようとして作られた原発安全信仰には体制の違いを越えて国境はなかったのであった、しっかり国際的にガードされてきたのであった。現在も固くガードされている。
 どこの国でもそうであるように、運転員がスケープゴードにされたが、彼らも人間なら、よくミスするものと折り込みのはずではないか、仮にミスしても暴走しないようなシステムでなければ安全な原発とはいえまい、そうしたことも実は考慮されていないのかと、ちょっと考えればおかしな話と誰でも気がつく。
福知山線事故でも運転手の責任で歴代社長は知りませんでしたで、逃げようとしている。ヒキョーなクソだわ。
ミスしたのは運転手よりも彼らのバックにあるものではなかろうか、国境なく被害は広がりヨーロッパ市民の反原発運動がはげしくなり、各国政府も原発計画を見直した。しかし日本は別であった。
 もし想定外の事態があって、シビアアクシデントが発生しても安全神話に自らがおぼれていて、それに対処する施策は何も用意がなかった。住民は逃げる安全な方向さえもわからなかった、コンピューターがはじき出した予測も隠した、理由はいらぬ不安をあおるためのだそうである。
泥縄の復興予算も関係もない部署へ流してしまった。こうした所に原発を稼働させるなどはサルが見てもムリな話であろう。もし事故があれば、それは取り返しがきかない、十分な安全対策を立てたものしか原発は稼働させることはできない、稼働させる者にはそれだけの責任がある。そうでなければ想定外でしたと幼稚園児でも原発を稼働させられるではないか。税金を取っていけば国なのではない、こうした厳しい責任を負ってこそ、本来の国家の正道を歩んでこそ国であろう。


チェルノブイリ事故が日本で起これば…←チェルノブイリ原発事故での放射能汚染地の実際の地図を日本地図の大飯原発に重ねたもの。厳密ではないが、ほぼ同縮尺で、チェルノブイリは東西方向に風が吹く日が多いようだが、日本は南北方向が多いようで、90度ばかり傾けてある。単に地図を重ねてだけであって、この通りに汚染されるものではない、その時の天候次第で実際の汚染はかわるが、だいたいの汚染範囲はこうした広さになるのではなかろうか。
風船を飛ばして調べた人があったが、だいたい岐阜県の方へ飛んでいったというから、ある程度はこの図も当たっているのかも…

 こうした想定シミレーションが推進派から出ることは当面はないだろう、せいぜい30q圏くらいの想定しかしないだろう、こうした事故はないからしないのではなくて、もしすれば推進が著しく困難となるためである、福島の想定も3.11以前は小さなものであり実際の事故には何の役にも立たなかった、そんなことでおさまりますかと、とりあえず参考までに出してみた。推進派はコンピューター・シミレーションをしてこの想定地図の誤りをぜひとも公表してもらいたい。
 ↑図で少しでも黒っぽくなっている場所は1キュリー/平方キロ以上の場所で、この範囲内は人は住めない、日本でいう「放射線管理区域」以上に当たり一般人の20倍の被曝が許されている「放射線業務従事者」だけしか入れない、X線撮影場所のような所になる。子供や妊婦が入るなどは論外で、従事者でもこの中では水も飲めない、食べても寝てもならない、人が入ってはならない区域になるそうである。
ソ連が避難させたのはこの全域ではなく、もっとも黒っぽい場所の40万人だけで、薄い場所には560万人が今も住んでいるという。京都府と滋賀県と福井県を合わせた人口よりもまだ多い、これほど広く多いとそう簡単にできる話ではなくなる。30q圏内の真っ黒けの所でも住んでいる「わがままもの」もけっこう多いそうてある、そこで採れた物を食べて子供も住んでいることがあるという。ここで採れた物は放射線値が高いが、低い地産の物と混ぜると全体として基準値以下に低くなり輸出もできるようになって、意外と我々も安全と思って食べているのかも知れない、1対5くらいの割合であるいは混じっているかも知れないがたいした根拠もない基準値に定められた検査は通っていく。これをやらない産地直送のまじめ農家などはつぶれるという。

 炉心が爆発するという事故を1機でも起こせばこれくらいの汚染となる。若狭には13機もあり、もし大地震大津波などで全機大事故なら、汚染はこの地図の13倍となる。福島もメルトダウンを起こしていて、もしこれが水蒸気爆発を起こしていればこのクラスの事故になっていた、水蒸気爆発を起こさなかったのは単に幸運だけだったともいわれ、もしそうした「神の助け」がなければ、3機とも炉心と使用済燃料プールを吹き飛ばしていたかも知れない、日本が終わっていた事故であったが、なぜかその寸前の紙一重で今は収まっている、まだこのあたりは究明されていないのである。
また低レベルの汚染地では4〜5年後に急に放射線障害による症状が見られるようになるというから、事故による人的な被害はこれから出てくるので、その全体像もまだ不明である。
 チェルノブイリ調査団や福島調査団を府県や市町が送り込み、他山の石とすればいいが、そうしたことはしないであろう。調査の根拠もなく安全ですということであろう。どこかの市長のようなもので、すぐ隣の放射能廃棄物埋立地の調査すらもしないで「遠いから安全」、ということであろう、おみごと高額月給ただどりである。

高浜町、放射能ガレキを受け入れ、そして「試験」をした


 高浜町は岩手県大槌町の木材チップ(柱材、角材)を3トン/日、総量 700トン(平成25年1月頃〜平成25年12月末を想定)を受け入れる。という。受け入れるというガレキの線量は舞鶴が受け入れるとしていたものよりも高く設定されている。福島事故で唯一の頼りの原発に対する価値観が大きく変わってしまい、未来を見失ったようだ、立地自治体としては何をすべきかもわからなくなり、頭が大混乱状態のようである。
ドタバタするな見にくいぞ、ばかをやらかしてゴキゲンのようだが、ムリはよそうカラダに悪い、年寄りはさておいても子供に悪い、悪すぎる、ええジイさんが孫を苦しめていいのか、よい大人が孫世代を苦しめるなどは最低の人間のすることだぞ、犬猫よりも劣る、自分を見失って悪辣ジジイと長く悪名を歴史に残すのか、良心や慈悲を欠いたらふるさとも自治体も無ではないか、良き世を作るのが人の務め、町民の安全を守ることこそがまずは第一だろう。

 先に同じようにガレキ受入を計画した舞鶴市長も全議員どもも高浜町民を守ろうともしなかった、すまぬことであった、こんな者どもを選んだのは舞鶴市民だった。だから高浜町長様や議員様に舞鶴市民を守れなどとムシの良いことは言わんが、せめて高浜町民だけは命に代えても守ってくれ。そうしてくれれば子を持つ舞鶴市民は感謝感激だ。
高浜町放射能廃棄物埋立地
↑舞鶴市から1qも離れていない「遠い所」にある。私は線量計を持っていないので計測できない。すぐ下は内浦湾でその海底に放射能が堆積することであろう。

放射能ガレキ焼却場
↑ここで放射能ガレキを燃やして、灰は上の場所に捨てる。普通のトラックで国道を走っていくのであろうか。いまさら少々線量が増えようが減ろうが同じだ、さらなる危険も顧みずに町長がヤケクソでやっているとしか思えないハナシである、原発立地自治体の「地域振興」というもののなれの果ての好サンプルかも知れない。

 高浜町は高浜原発があるし、すぐ隣には大飯原発があり、その8機がすでに何十年も稼働してきた、当然にも高浜町はほかの地よりもずっと多い放射性物質が降っていて汚染が高い地と見なければなるまい、何もしなくともすでに十分に危険なのである、だからこそ町の財政の60%もがその代償として支払われているではないか。そこへさらにこうした事をして放射能をまいて危険を加える、高浜には人が住んでないのか、子供は住んではいないのか、町長はもうそう長くもなかろうからもういいだろう、われなきあとに洪水よ来たれ、しかし町を背負う子供がいるのだぞ、未来があるのだぞ、何を考えているのか、常識的には考えようもないあとは野となれ山となれの超無責任行為である。全国すべての自治体が引き受けたとしても、高浜町長だけは本来ならば「ワシとこはこらえてくれんか、もうすでにヤバイのだから。もうこれ以上は引き受けられん」と言わねばならないはずである。

 この日も北西の風が強かったが、その方向へ放射能も飛ぶことであろう、琵琶湖直撃で、近畿の水ガメがさらに汚染される。多くの舞鶴市民なども飲む由良川上流直撃である、綾部高校だったか、由良川の水質調査をずっと続けていたが、放射線量も計って公表してくれないか、私はそこの水を飲まないが、加工食品などには含まれてくることになろう、だいぶに先の話でその日までは命はもつまいが子や孫その先はどうなるだろう。自然は循環する、やがては自分に降りかかる、放射能汚染素人が勝手な甘い判断をしても、おおかたの町民やまして国民の支持はなかろう。私は与保呂の水源池の水を飲んでいるが、どうした水質検査をしているのかと、いつぞや見せてくれといったら、見せてくれなかった、さすがにいかれてるなと思った、線量などは計っているわけではないが、ほかの検査もまともにやっているのだろうか。

 答えは出た。そうとうにヤバイ。
高浜町長あての手紙。一町民より

 〈 先日、試験焼却が行われました。私を含め家族全員が体調に変化ありました。特に妻と子供がひどく、頭痛腹倦怠感で寝込んしまいた。日曜の夕方ごろから 、妻も子供も、急に体調が悪くなりました。妻は、「風邪ではない気がする」と言っています。 2日ほどで、何かが抜けたように回復しま。焼却との直接関係は分かりませんが、別の理由も考え難いです。これから、本焼却で1年間も続くかと思うと、恐怖を感じます。そして、身持って瓦礫焼却の危険性と、数値では測れない事が分かりました。  〉 

 原爆でも「ブラブラ痾」がありましたし、キュリー夫人の夫もブラブラと歩いていて馬車にはねられてなくなった、慢性疲労というか、猛烈な倦怠感があって動けなく、働けなくなり、集中力がなく下痢が続いたり、突然に寝ることしかできなくなるそうである。医学的には別にどこも悪い所はない、というか今の医学では診断できない不思議な症状だそうで、近くの病院などへ這って行って、入院して調べてもらっても何も出てこず、「気のせいでしょう。あれくらいの放射線では何も問題はありません」とかにされることだろう。全国どこの病院へ行ってもそうだそうで、どこにも内部被曝への想定も備えもない、もともとがどこかの大国の軍事機密だそうで、それを突破する医療は属国にはない、満足にみられる医師は1人もいない、私がそう言うのでなく、広島被爆以来ずっといままで被爆医療にたずさわってこられた医師がそうおっしゃるのだから、本当なのであろう。
「あれくらいでは何も問題はありません」普通の医者がそう言うのは、彼らの教科書にそう書いてあるからであろう、しかしその教科書を書いた大センセが放射能についての知識があるのかどうかは本格的に怪しい話で、医者とすれば「コイツ知ったげに書いているが、本当に大丈夫なのか」と疑うべきであろう。

 満足に見ることもできない医者どものボスらしき者が得意げに大きな顔してテレビなどへもしゃあしゃあと出てきて「国際的にその許容量ですから、心配はありません」などとオオボラをのたまわれているわけのようである。
メディアも時代遅れのアバウトな教科書に書いてあることしか知らないようなつまらぬ役立たず者をひっぱりだすなよ。低線量や内部被曝隠しのために全世界に何重にも厳重に張り巡らされている核推進勢力のあらゆる戦略的仕掛けや誤情報などにはまったく気もついてもいないような、被爆国民としては何ともナイーブな、幼稚な情けない知識しかない者などは、どう頼ってみても目前で進行している深刻事態の解決に何もなるまいが、公共インフラを馬鹿なこと、というより目の前の大問題から目をそらすことに、隠して隠してすることに、政府と同じように大量の被爆者を見捨てる棄民のために使うなよ。

 病原になるものは分子レベルの話で、それはナノメートル(10億分の1メートル)単位のごく小さなもの、小さなウイルスを作っているさらに小さな分子なので、まだまだそうした学問科学はいまだ解明には至っていず、戦後長く禁止されていたし、その後も研究しようとすれば研究費は打ち切られ、へたすれば即クビ、論文発表しても無視、出版しようとすれば圧力がかかる、核武装しているクセに小心者のようで、よほどに恐れているわけだが、そうしたことをいいことにして、データーがないとか研究がないとか言って、補償は逃げるわ、さらにムリをゴリ押しの国や企業や町や市などはやり放題で、死者が出たとしても逃れて完全犯罪ができるといわれる、確かに人としての良心がなければ何でもできるどうとでも言い逃れできる状態。分子作用に障害が出るわけだから何がいつどこでどのように起こるかわからないのが放射線の恐いところ、今の医学では想定はできない。放射線障害であっても町は基準以下で因果関係がないとして補償もしないだろう。

 風向きから考えて雨が降ったりしてヤバそうな日は外へ出るのはよろしくないでしょう。窓を全部閉め切って家の中にいて下さい、特にお子さんは危険です、ブラブラは内部被曝によるものと考えられているそうで、食べ物には十分に気をつけて下さい、放射線がありそうな物は食べてはいけません、空気も吸ってはいけません、それはムリでしょうが気をつけてもらうしかありません。それでもヤバそうなら避難するしかありませんから、どこか避難場所を探しておかれては。焼却をやめるか避難かという選択になるかも。
金属を口にしたような嫌な気分、皮膚がチリチリと焼けるような気がしませんでしたか、人体にはそれでしか放射能は感じられません。どこか信頼できる機関なりメディアなりが実際に住宅地周辺の線量を計測してくれればいいのですが、それもないでしょう、安全ですの「大本営発表」を鵜呑みにするだけでしょう、ぜひ自前の線量計をもたれることと、将来もしかすればそれが原因で病気などになるかも知れませんから、それを実証し町から補償を受けるために、その日のできごとを文字にして必ず記録して、髪の毛などの保存をしておかれるのがいいと思います。どんな病気だろうが医学が発達すれば治るかも知れませんから、必ず保存しておいて下さい。高浜町役場
 低線量被曝は女性の乳がんがもっとも出やすいといわれている。大気中核実験が増えると日本でも乳がんが増加したそうで、子供だけでなく女性も注意がいり、真っ先に守られなくてはならない。特に妊婦はそうで、福島でもこうした人々を疎開させろと言われている通り。
高浜ガレキはセシウムでないかと想像するのだが、セシウムは男性に蓄積されやすく、心筋梗塞を起こしやすくなるといわれる。福島では突然心筋梗塞で亡くなった作業者がいたり、高校生があいついで亡くなっているが、その例では、とかいわれる。


 町がこの一声で終わってしまいかねない「町民の声」ですので、町当局は完全無視するか、こうした発言があったことを隠すか、モミ消しをはかるでしょう、全国に広まれば高浜産一次産品の出荷は打撃を受けるでしょう。
決して見つけられないよう、腰を据えてがんばって下さい、見つけられずにがんばってもらうだけでかなり効果があると思います。またの声を待っています。ありがとういい声をアップしてくれました、しかし圧力で万一消されるかも知れないため勝手に一部を引かせてもらいました。

 舞鶴の市長や議員もよく読んでおいてもらいたい、君たちは今以てガレキ受け入れ計画を撤回もせず知らぬ顔の半兵衛。放射能はこうしたことがある、何が起こるかわからない。推進派が言うヨタ話と実際はかく違う、君たちは「安全だ」空念仏を繰り返すだけで実際は何も勉強していないし体験もない。どなたかはわからないが、舞鶴からは近くだからこのお宅の近くに泊めてもらえ、ヨメはんや子や孫も連れて一番ヤバイ天候の頃に議員全員揃って行ってこい。高額の歳費ただどりと言われたくなければそれくらいはしてみろ。府もそうだが…


 どうなることかと心配していたがその後、敦賀市、高浜町とも放射能ガレキの受け入れ中止を決定し次のように発表した。大歓迎です。

 〈 災害廃棄物の広域処理について 災害廃棄物(震災がれき)の広域処理に関するお知らせ
当町において予定しておりました岩手県大槌町からの災害廃棄物の広域処理について、関係機関と協議の結果、本格受け入れは中止となりましたのでお知らせします。
平成24年11月30日に岩手県大槌町の木くずについて本格受け入れを表明し、受け入れに向けた準備を進めてまいりましたが、このたび環境省と岩手県が処理必要量の見直しを行った結果、当町が受け入れを予定していた岩手県大槌町の木くずが大幅に減少していることが1月25日発表の処理工程表によって明らかとなりました。 当町としましては、その結果をもとに環境省及び岩手県と協議を行い、正式に本格受け入れの中止を決定しました。 今回、災害廃棄物の受け入れは中止となりましたが、被災地の復興のため高浜町としてできる限りの支援をしていきたいと考えておりますので、引き続き皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。 (H25.1.25更新)  〉 


 原発へのへぼい道(県道149号線)



 4機の原発へのアクセス道はこの一本のみ、難波江から先はこの道しかない。その道は海ぶちの山の急斜面を削り、トンネルをいくつも掘り、原発のすぐわきをかすめていく。県道というだけのへぼい田舎道、何がなくともヤバそうな道、この先にまさか4機もの原発があろうとは予想できないような道、世界一の原発銀座その巨大最先端科学技術を支える唯一のメーンストリートにしては何とも不似合い不釣り合い不調和な、出費をけちった安物道がクネクネ続いている。
安全神話を疑ったこともないのであろうか、事故は起きるものだの前提がない、原発は安全などと言っても仮に原発そのものは安全であっても、原発は単にそれだけで成り立つものでなく、それをとりまく大きな全体で成り立つ大きなシステムだから、そこの安全がなければ安全だなどとは言えまい、ちょっとした原発事故から道がなかったゆえ迅速に対応できず大事故に発展していくかも知れない、原発は国策などとは口先だけのものなのか、原発アクセス道は国道に、複数本に当然にも義務づけるべきであろう。

 さらに原発の先には音海(約70世帯)という集落があるが、もし事故が起きれば、この集落の避難路が閉ざされる。雨でこの道路は崩壊したこともあり、もし津波や地震があれば道路は大きく崩壊することが考えられ、その場合は住民避難も原発緊急支援もできなくなる。
何も音海だけではない、10キロ圏に住む私の場合もそうである。もし事故があれば「逃げ道がない」、「原発は国策」であるはずだが、国は知らぬ顔で動こうともしない。府も市も似たようなことである。

 これは地球上のすべての人にあてはまる共有事態である。チェルノブイリ原発作業者専用の4・5万人のプリピャチ市もそうだったそうで、1本しか逃げ道がなく、燃え上がるチェルノブイリ4号機のすぐわきを窓を閉め切った1200台のバスが高速で走り抜けていったという。安全で事故などは絶対に起こすことはないの前提なので、万一のそうした場合の避難路は予め考えられてはいない。避難道も支援道もない原発、ガソリンなしの消防車、パイロットのいないドクターヘリ、線路なしの救援鉄道貨車、医者も薬も知識もない病院、そうしたたぐいではなかろうか、それが原発である。気も付かない程度の関電事業者も無神経が過ぎるが、こうした物を許可した全体の推進指導部にこそ問題と責任がありそうである。最終的には国民の全体に大きな責任があろう。この道は原発は危険の象徴のようなもの、世界遺産にでもしてもらうとよかろう。


 国道27号線(丹後街道)からの入り口、信号機のところに以前は、1年ほど前までは「高浜原電→」と書かれた国土交通省の案内板が取り付けられていたが、今はなくなったようである。
原発をかつては「原電」と国や関電など推進派は呼んでいた、反対派の用語は「原発」であって、はっきりと分かれていた。舞鶴あたりの場合は100%が「原電」と呼んでいた、別に賛成も反対もなくこの言葉しか知らなかった、今でも政治的には左のオオモンでなかろうかという人でも「原電」と呼んでいて、「原発」と呼ぶ人はごくごく少数であり、「原発」と呼ぶ人はたぶん舞鶴人でない「都会の人」と判断してよい。

「原電を都会から来た人はおかしな呼び方をするで、何と言うたかな、えー」
「原発やろ」
「そやそや、そう言う。何であんなおかしな呼び方をするんやろ」
「NHKのニュースでも原発と言ってるやろ、原発がもともとからの標準語。原電など言うのは国や関電などの原発を推進しようとする者が原爆と似ているから別にと考えた言葉。原発がまともな言葉で、舞鶴では原電原電というけども、そうした言葉、官庁の宣伝語、隠語みたいなもの、隠語を多用する官庁などロクなものでないだろ、あんな連中にだまされてるとも気づかずにいつまでも使っていると、なんぼド田舎であっても、ゲンデンなどと言ってると、全世界から笑われるぞ。」
ほんまかいな、という顔で聞いているが、その「原電」という言葉が使われなくなった今でもまだ使っている。ネット検索でも「原電」ばかりである、どこの人かはわからないが、関連キーワードから見て舞鶴人ではなかろうかと思われる。
舞鶴あたりは一般にこれくらいの「ガラパゴス」である。舞鶴には福島はなかったのか、衝撃を受けなかったのか、原発や石炭火電や軍港があるということはそうした地域文化レベルの象徴であって、恥ずかしいからそうしたものは自慢するものではない。沖縄のように大反対している地なら別だが、たいした反対もない地ならなおさらである、チェルノブイリが起きようが福島が起きようが他人事のように無関心無関係で話題にもならない不気味な町、深刻に受け止めた市民はまずなかった、言ってみてもどうしようもないだろう、ガリガリ頭めが、なのだろうか。しかしどこかで誰かが声をあげなければ、いよいよますますさらにさらにやり放題で状況は回復不可能の厳しいものになっていこう。ガレキ受入の高浜は「舞鶴も気持ちは同じ、よく理解してもらっていると思う」と語ったという、町長様、その通りでござる、一理も二理も確かにござる。プルトニウムを燃やそうとした時は町民投票を行えの町民署名が二千も集まったというから、町長の強い味方は舞鶴の方かも知れない。
ついでに書けば、舞鶴は軍港であり、いまも海上自衛隊の基地があり、「核の傘」の下にある、「傘」はこちら側が勝手に言っているだけのことで、相手側から見れば「核のヤリ」であって、だからかえって核攻撃を受ける危険性もある、まさかとだれも想定したりしないが、軍事状況が違ってくれば、それもありえる話になってくる。海自が核武装したり、核武装した他国の艦船が出入りしたりし、相手国に深刻で耐えがたい脅威に受け取られれば核攻撃を受けることもありえる。
ゲンデンの町・舞鶴(高浜も含めその周辺の何十キロ圏以上も)の放射線クライシスは福島型+広島長崎型のダブルである。
どのようなことが起きようが千年の後までもゲンデンののどかすぎる町であり続けようから、私はほとんど期待はしないのだが、しかし世のため人のため少しでも役立ちたいと願うなら、どのような立場にあり、道にあっても、市民それぞれがそこではこれらを避けるための努力が求められる。

 舞鶴市民は互いに知り合い、あるいは知り合いの知り合い、あるいは知り合いの知り合いの知り合い、くらいの範囲で市民全員が知り合いの範囲内に入る、それくらいの大きさの社会で、だからムラである。舞鶴では悪い事はできんわいや、などと市民同士が言い合うのはそうしたムラ社会の事情による。
ムラははっきりとインの人とアウトの人がわかれる。ムラ秩序の中にどっぷりと浸っている人がインの人で、そこに入っていない人がアウトの人である。多少は中間もいるが、イン以外の人は多くはない。
インの人は決してアウトの人の言うことは聞こうともしない、理論的に正しいか、信頼できる人格か、そうしたことではない、インかどうかだけで判断する。アウトの人はムラからの追放者の犯罪者、悪者と普通は考えら、そうした扱いを受ける。あんなモンの言うことなんかということになる。まあ本当に悪者ならそれもいいのかも知れないが、本当にそうかは難しい話である。
ここにムラの閉鎖性と前近代性と、ハンで押したような金太郎飴の答や生き方しかないという没個性、個の自立を好まない社会が生まれてくるわけで、この性格はムラのサブ社会内でも同じことである。ウエが言ってくることに従うだけである。ではウエがそれなりにしっかりしているかと見れば、これがたよりなくあいまいでお粗末。地球全体の全人類の将来の大きな利益のために、という視点はない、体制内でよくてその場その場の政治的戦術屋、あるいはたいていは空虚な空白でしかない、ウエもさらにウエが言ってきたことに従うというだけである。その頂点があの人ということになる。これが日本ムラである。政治がある程度そうしたムラ的性格を持ってしまうは仕方ないとしても、科学学問までが体制内になっていく、司法も教育もメディアも何もかもが体制内ムラ内となっていってその自己規制がない。
メディアがそうなるとき地方などではとたんに権力の腐敗が生じる、メディアは民主主義上大事なものであるが、地方ではその力は質量とも弱い。プロだけに任せていては未来はなかろう、アマの皆さんの大量の参加がなくては地方が衰退してしまう。どうかHPやブログなど立ち上げられるように。
舞鶴ムラも同じで何か先端事業のように宣伝したりしているが、それはヨソでもやっていることである、成功例ならよいが、たいていは失敗例である、
「これと同じことを××県でもやってますわ、あちこちでやってますよ、同じですわ、不便なとこに大金かけ作ってね、失敗ですわ泣いてまいわ、こんなことをどこでもここでもするでしょ、成功なんかあるわけがないでしょ、客の数は同じですから、お互いたたき合いして値引きのし合い、首の締めあいで、最後は共倒れでしょうな。気の毒なことですが借金だけが残るでしょうで」。これは和田国際埠頭の例であるが、うまい話はそうあったりするわけがない。
しかしこれが最先端の原子力産業の性格と意外とよくあう、最先端といいながら津波対策すらなし、逃げ道もなし、前近代の下請け制度によって支えられている。こんなモンは都市ではムリである。
都市から追い出されてもムラでは、受け入れられる、受け入れられるとまでいかなくとも何とか折り合いを付けられる。国際埠頭もムラなら有り難がって受け入れられ、原発も大喜びで受け入れられていた。
関電は高浜原発は「高浜発電所」と呼んで「原子力」の言葉はない、原子力隠しが戦略のようである。原発をどうしても呼びたい場合は「原子力発電所」と呼んでいて憎き「原発」という言葉は禁句のように避けている、そうした言葉を使えば敗北を意味するかのように。

 言葉一つでその人の立場や現在過去の思想レベルまで、人間がまるまるばれてしまうという不思議な言葉である。推進派がかなり追い込まれている様子もよくわかる。
自分の考え方は正しいとか安全だとか思い込むということは、もう知的成長をやめたということである。次の新しい事態に対処していく能力を自ら失うことである。どんな科学的大真理さえも書き換えられていく、わずかなゼニと交換することはできない。

 「次は高浜」。そうだぞ、次は高浜が廃業・廃炉。国民多数はこう望んでいる。





 高浜原発の問題の諸点 

たぬは
 しっかり真実はガードされているために、簡単な問題のない事柄しかわからない、こういった所がまず問題である。公開が原則のはずではなかったか。
原発は問題のかたまりのようなもの、解決困難あるいは不可能問題が山積で、強がりばかりが聞こえてくるが実はどうにもこうにもならない状態に追い込まれているのではなかろうか。
素人がチラと見ても、もういたるところがメタメタ、手の付けようもない、全体がメルトダウン寸前の巨大科学技術、沈みゆく泥の舟のタヌキもかくや。もういかにしても救えそうには見えない、神々の意志だ、人の手ではどうにもならない、命運というものだろう、寿命が来たのだろう。
たぬき
 原発はひとたび事故が起こればその被害は莫大なものになる、金銭には換算できない被害も広範囲に長期間に発生する、そうしたことから安全性に少しでも疑念が生じれば、考え得る限りの対策をきりなく施し続けねばならない宿命を負っているのが特徴の発電所で、もしエエカゲンにやれば福島の再来になる。事故があれば非難集中し莫大な補償が発生してくる、「そんなことをいってたらきりがない」式の目先の損得にとらわれることなく、巨額を投じてどうしても安全対策はしなくてはならないものである。ぬきさしならぬジレンマの板挟み、どの選択肢を選んでもたいへんに困難な状況で、しかも問題を全面的には解決できない、それば根幹部分でも発生している。哲学の「事物の矛盾」を目の当たりにできる好見本のようなものである。

 一度に書くこともできない、はしょりはしょり気がつくことから、追々に追加ということで…

高浜原発
↑音海から見た高浜原発(右から4号機と3号機。左は2号機、1号機はその左にあるが、山影になってここからは見えない、外見は2号機と同じ)

 高浜には4機の原発がある。
  1号機 2号機 3号機 4号機   合計
 定格出力  826.6万kw  82.6万kw  87.0万kw  87.0万kw  
 運転開始日  1974.11.14  1975.11.14  1985.1.17  185.6.5  
 設備利用率(2010)  81.4%  71.8%  84.4%  89.3%  
 事故・故障等件数(2010)  0  0  0  0  
 使用済燃料蓄蔵量         4.386(体) 
上は関電などが公表しているデーター、事故故障がゼロというのは、公表された件数がそうだということで、何とか隠せて公表しないでしのげた事故件数があるのかどうかは不明。2号機あたり何か隠されたかも…

 高浜1・2号機は古い、全国的にも7位と9位の古さで経過年は40年に迫っている、これよりも新しい浜岡1・2号機(沸騰水型)はすでに廃炉となっている、人間でもそうだが、年をとってくると若い頃には考えもしなかった思いもよらぬ故障が起きるものである、そうしていっぺんに自分に対する自信を失い、引退の時か、と思うようになる、いやいやワシは元気じゃ若いんじゃなどと頑張り続けていれば、予想もつかないとんでもない大事故を引き起こしかねない。常識的にはここもこのまま廃炉かと思われる。世界的には20〜30年で廃炉が多いという。

 スペース・シャトルも30年で廃された。コロンビア号の打ち上げ時に、外部燃料タンクの断熱材がはがれて、シャトル主翼に当たったのは下から見ていて確認されていたが、発泡スチロールの断熱材が当たったくらいでと、本当に異常はないかと誰も一度も確認しなかった、そして乗組員には「問題ない」と伝えられていた。しかし主翼には30p四方の穴が空いていた、それを知らずそのままで再突入、空中爆発し乗組員全員が死亡した。
ロケットだけでなく、それを支える世界最高頭脳集団・NASAという人の組織も機械以上に老化劣化官僚化していたのである。異常の発生を皆が目にしていても、安全の思い込みのために誰にも見えていなかった、最初に「あのときの発泡スチロールでないか」と言い出した者は皆にバカにされたという、しかし彼は何とかかんばって実験装置を作ってやってみれば、信じられないほどの穴があいた。
普通の常識を超えた世界を相手にする場合は機械も人間集団も安全と考えていいかと見られるのはせいぜいのところ30年を一応の限界と見なければなるまい。一般常識を超えた世界では、人間は信じられないほどに愚かであり、機械は信じられないほどにもろい、こうした頭脳集団をもってして安全はせいぜい30年、普通なら数年もてばいい方ではなかろうか、その目安を越えると危険で何が起こるかは愚かな人間には予測不可になる。



 1号機は原子炉圧力容器の脆性遷移温度(2009年時点)が95度、国内では玄海1号機に次いで高い。加圧水型はコンパクトで燃料と炉の距離が近く、こうしたことが起きる。もしこれ以下の水温の水を入れると炉が一気に割れるかも知れない状態、中性子を浴び続けて炉はガラスのようにもろくなってしまっていて、緊急時にも多量の冷却水を投入できなくなっているのである。
燃料アッセン

 この温度がいくらならいいのかという事はアメリカの基準に従っていて、それによれば従来は200度F(93度C)であった。これではアメリカの古い炉が30機以上も廃炉になるというので、270度F(132度C)に緩めた、これに従って日本でもすでに緩められている。

原発の安全基準というものはこうした程度のもので、実験で求めたというよりも理論計算で、それも諸般の事情が優先で、工学的には根拠がなくともどんどんと緩められる政治判断基準である、それだけ年々原発の安全性は低くなっていることになるが、福島のように事故があればそのときだけ引き上げられて、のど元過ぎれば、またまた緩められていく、まことにだらしのない政治屋のマニフェストのようなもので、常識人の信頼に耐えられる厳しいものではない。
アメリカの基準に従っていてもし事故が起きればアメリカが責任を取ってくれるかといえば、彼らは免責されている。アメリカすらそうしたことであれば、ましてどこかの国のムラ基準や政治屋判断などは信頼する者こそがだいぶに足りない者としかいいようもないものになる。

 金属には低温脆弱という性格がある。第2次大戦中、アメリカはリバティ船と呼ばれる1万トンクラスの輸送船を大量に建造した。今では主流になっている溶接技術を駆使して作られたという。ところがこれらの船は就航間もない1942年〜1946年にかけて次から次へと不可思議な破壊事故を起す、事故で共通していたのは北洋での寒冷期に発生していたことであった。大規模な調査・研究が行われ、その結果、それまで知られていなかった「鋼の低温脆性」という現象が発見された。
タイタニックもこれが原因といわれ、粗悪な鋼材があちこちに使われていて脆性遷移温度が27度C、鋼材同士をとめていたリベットなどもピンピンと次々に破断していったという、氷山にぶつかったからというだけではなかった。中学校の理科の実験に、−151度Cの液体窒素の中へバラの花を入れると、バラはガラスのようにもろくなり、握れば簡単にバラパラに砕ける、金属にも同じ性格があり当時は危険な性質が知られてはいなかったのたが、今はよく知られていて、知りながらだましだましやっているわけである、「絶対に沈まない」「絶対に安全な不沈艦」と豪語していた当時世界最大のタイタニックよりもさらにさらに危険な粗悪なものが「絶対に安全で〜す」の高浜原発ということになる。
タイタニックは3姉妹艦の1隻で、ほかの姉妹たちも呪われていた、何重もの隔壁で守られているから、大きいから少々のことくらいでは沈むことはない、水に浮かんだ鉄なら沈むの子供でもわかる物理の初歩を高度な技術が乗り越えたと信じたのだろうか、機雷事故で50分で沈んだり衝突事故を起こしたり、想定外の運命に見舞われて、そこそこに安全であった艦はない。人間技術の安全神話を大それに信じた呪いであったろうか。歴史は二度繰り返す。一度目は悲劇として、そして二度目の茶番にわれらは向かい合わされているのかも知れない。

原子炉もスチール製で何枚もの鉄板を曲げて溶接でくっつけたものあるが、中性子を浴びるとその脆弱温度が上昇してくるのである、それが95度Cというような決して低温とは呼べないチンチンにわいた湯の温度にまでになってしまっている。古い炉はこうした現象が知られる以前に作られているもので、鋼鉄材料が改良されておらず、こうした問題が知られた時点で即刻に廃炉にすべき話になる。燃料アッセン
 もっともその工学すらもアテにはならない、ここもも はや工学ではなくなっている、安全神話信仰学とでも呼ぶべき神学になっている。
大学で使っている原子炉工学の教科書の最初のページには「原子力発電所では決して事故は起こらない。なぜなら、事故を防ぐために、何重もの安全装置がほどこしてあるからだ」と堂々と書かれているという(11)。もっとも1984年の文章なので今はまさかないだろうが、こうした風に狂育されて今現在の安全で〜すセンモンカ、ギジュツシャの中核となっているのだろう。

 おそらく30年くらいを廃炉の目安として使用済燃料プールは設計されたのではなかろうか、ほぼ満タンの状態に近づいているようである。当初は使用済み燃料はここには置かないと言っていたし、原子炉という危険な物の横に危険な物を置くなどは常識的にも「気違いに刃物」を持たせる超危険な行為である。しかしガラス個化ができない、甘いもくろみは外れた、ましてプルトニウム使用済み燃料再処理は普通の処理工場では扱えず、専用の新工場を建てて安全稼働するなどはいつのハナシになることやら、まあ100%不可能で長く長く高浜に置いておかれることとなろう。
 ある資料では高浜は3554体が管理容量となっていて、もう越えてあふれているのかも知れない。満タンになればもう運転はできなくなる。特にMOX使用済みは持って行く所はない。こうした超危険な物は永遠に引き取り手はなかろう、今後数万年の間、ここに置いておくより手がなかろうと思われる。

PR館に燃料の模型があった→説明板
説明板には

 〈 燃料集合体 Fuel Assembly
高浜発電所3号機の場合、燃料集合体の1体は、縦17本×横17本の燃料棒を正方形に組み立てられます。原子炉圧力容器の中にはそれらが157体はいっています。この模型は実物の一部分を再現したものです。  〉 
径10ミリとはない細いジルコニウム管が燃料棒で、写真の1本1本である、実物は長さは4メートルばかりあるそうである。この棒の中に「燃料ペレット」と呼ばれる濃縮ウランを瀬戸物のように焼き固めたものが(1センチ径で1センチ長さほど)数百個ほど入っている。ジルコニウム管の上部にはガス溜という空間がある、揮発性の放射性物質(ガス状の「死の灰」。キセノン133、クリプトン85、トリチウム、ヨウ素など)がペレットから漏れるが、それをここで溜めるという。一本だけ管の内部が見える、スプリングでペレットを押し下げて、そこにガス溜めをつくる。燃料アッセン
 ジルコニウム管をこうしたアッセンにして圧力容器の中で使うわけである。たくさんの燃料アッセンを位置を見違えずに間違わず炉に入れていかなければならないが、高浜2号機では入れ間違えたことがある。もし高燃焼化MOX燃料だったら、それだけで臨界になってしまったも知れないような事故であった。
 金属光沢の細い管はジルカロイドと呼ばれるジルコニウムの合金で、0.6ミリの厚さしかない、運転中は管の中は2000℃にもなり、外は冷却水が秒速3メートルで流れる、きわめて苛酷な環境に1年ほど置かれ続ける。これも経済性のためである。3〜4年で新しいものに入れ替えられる。そのときはウラン235は3分1ほど残り、プルトニウムもつくられている。
ジルカロイドは高温では水と反応して水素を発生させる。融点は1900℃で、こんなに高温だとその反応は爆発的だという、福島では全電源が落ちて6時間もしないうちに炉は2800℃にもなっている。事故後の数時間で、もうれつに水素を発生させながら、この細管は溶け落ちたと思われる。

 イギリスの会社に頼んで作ってもらった3号機用MOX燃料ペレットだが、この外寸のデーターが改竄捏造されていた、関電・三菱も立ち会っていたが、見抜けなかった。世界一に近い超高給を貰っていようが、しっかり仕事をしろよ。
内部告発で測りもしないで他のデーターをコピーして貼り付けてあったことが発覚。4号機用は、関電や日本政府など推進派総ぐるみで「問題なし」としていたものであったが、捏造が疑わしいから使わないでくれとイギリスから連絡があった。
イギリスもイギリスだが、日本も日本じゃ、イギリス以上にダメだと信用は地に落ちた。
 データーの改竄などは決して行ってはならない、歴史学でもそうだが、自己に都合が悪い、邪魔くさいとデーターをヨソからもってきて貼り付け捏造するなどは、もってのほかの禁じ手である。
技術者もそうで、ちょっとデーターの字の書き方がおかしくて問い合わせてくる、生データーは学問や技術がよってたつ基本であるが、その大事な所が押さえられていないし、それが見抜けない、どこが「日本の優れた技術力」「日本の技術はアメリカ以上」なのだ、たとえ相手がエエカゲンをしていても、即時に見抜ける力はないのか、それでは初年兵以下の実力しかない頼りないものと見なされてしかたあるまい。
いかに戦艦大和や堅固な要塞であったとしても友軍や戦略情報将校、中の兵隊の質が基礎訓練すらここまで怪しい状態では、防御力は無いに等しい。
燃料アッセン
 燃料ウランはこうした金属ジルコニウム管に閉じ込められているので未使用状態でヒビなどなければ大きな危険はないという、作業員が素手でつかんでいる、まあ防護服や手袋はつけてはいるが、これはウラン未使用燃料の場合の話で、MOX燃料は新品でも使用済みに匹敵するほどの線量と発熱があるそう、そばにいるだけで100%致死量の放射線がでている。

 使用して核分裂後のものは新たにプロトニウムなどの核分裂で生成された放射性物質が多量に含まれるため超危険で人間が近づいたりはできない、ヨウ素だセシウムだストロンチウムだとよくニュースなどでも報じているものなどでこの過程で作られたものである。
館の案内には「核分裂生成物」と書かれていたが、それと中性子が当たることで放射化生成物、これらは一般に言われる「死の灰」のことである。1年間運転すれば、このアッセン1体の中に広島原爆8発分くらいの「死の灰」ができる計算になる。3〜4年は使うというから、使用済みとなって取り出される時は30発分くらいの「死の灰」になる。

 10年後でも未使用のものの5万倍も放射線を出していて、数万年先にならないと元の未使用のレベルまで下がらない。これは鉄を金に変えられないように、物理的な性格で人の力で変えたりはできない、科学が進んだ遠い将来の子孫でもできない。もしや彼らが先に首を刈られずにいるとしてだが、こうしたものを多量に蓄えるとそれが怪しくなってしまうのである。死に神
 原発は「二酸化炭素を発生させずクリーン」かも知れないが(ウソだが)、自然界にはなかった「死の灰」を発生させる、電気と同時にできる双生児で、神と最悪の死神がセットで生成される、原発は電気だけを産むというわけにはいかない、産み分けはできない、原発からは膨大な死が生み出される。

 この多量の都合の悪いものはどこへ捨てるかの方法がない。海へ捨てるとまたいつか人の口へ戻ってくる、地に埋めるとまた戻ってくる、空へ捨ててもまた戻ってきて、人々の首を刈る。炉の横にある燃料プールの水の中深くに浸けられていて、そのプールが満タン状態。もしこのプールが崩壊したりすれば大変なことになるが、しかし持って行き場がないという大問題を、致命的な難問を抱えている。40年も原発を稼働させていて、今以て見通しがたたないのだから、将来も立つわけがないと思われる。
原発はせいぜい50年も稼働させれば終わりであるが、そこで生み出された超有害な「死の灰」には10万年の命がある。50円もうけるかわりに、のちに10万円も命がけで出さねばならなくなるようなことは痴人でもない限りは普通はしないし、まともなしっかり経済計算ができる電力会社ならば本心はやりたくもないのだろうが、政治・軍事主導でしっかり検討することもなく上から強力に推し進めてきた歴史の中で、原子力にはこうした事態が起きているわけである。原子力には、こうした根本問題と超困難さと、政治軍事がらみの目論見が隠されている。

 六カ所再処理工場で処理する予定というが、ここがまた濃度規制もない「きわめつけに」に危険な「最悪の核施設」とされているし、本当に計画通りにできるかどうかの見通しもたってはいない。
再処理とはウランとプルトニウムを取り出すもので、原子炉級プルトニウムが8sもあれば簡単に原爆がつくれるそうである、政策次第で原爆になる危険性がたいへんに高く、国際的には使途不明なプルトニウムを持つことはそうした意図だと、もう原爆を持っているのと同じだと見られてしまう、どこかの国が少し持ってるだけでも極悪人だ、テロ集団だと大騒ぎするくせに自国ならいくら持っていようが気にもしないというのはおかしなセンスで、「日本には友人となる国がない」とどこかの大統領に言われることになる。
まともな学者も横向いてしまう、それ以下の良心を売ったガクシャ・センモンカ・ジギョウシャしか動員できない、再処理の道は厳しくヤバ過ぎるものとなろう。原発稼働はこうした再処理サイクルなしには成り立たない、垂れ流しつづけ、貯め続けるわけにはいかないが、しかし先はいまだに見通しすらたたないのである、一応は2050年といっているが、それはムリであろう。

 むつ市に「使用済燃料中間貯蔵施設」が着工された。美浜につくろうという話もある、中間ではなかろう、永遠貯蔵となろう。

 美浜の話が出たついでだが、美浜はいろいろ事故の多い原発だが、1号機では、1973(昭48)年に、大規模な燃料棒破損事故があった。関電も三菱もこれを隠したが、内部告発で出てきた、それによると燃料棒が破損してペレットが炉内に飛散した、ごく一部の幹部社員だけで密かにこれを回収したという、原子炉の安全の根幹部分の事故隠しであったが、通産省は時効のなりたつ3年後にこの事故を公表した。いまだにその経緯や原因は明らかとはいえない。こうした重大事故であってももし内部告発がなければ、国民の目から隠させ通したことであろう、見つからねばよい、隠せばよいとする式の安全で〜す派の超危険で悪質な隠蔽体質が見えて、深刻な衝撃を社会に与えた。

 超党派の国会議員でつくる「原発ゼロの会」の、原発危険度総合ランキングでは、即廃炉とまでは言わないとしても、高浜の場合は、1号機が全国ワースト4位、2号機がワースト6位、3・4号機がワースト7位とされている。
原発危険度ランキング


 高浜原発のPR館「エルどらんど」→エルどらんど
何も関電に都合悪い事も全部展示せよ、とは言わないが、電気料金で、公共料金で、運営しているのだろう。
公共料金の使われ方をどこが監視しているのだ、誰も信用していない事業所の都合の良いハナシばかり、もっと公平に科学的に合理的な使われ方をさせてはどうか、さぼらずに仕事をしろや。電気料金の引き上げを言う前にやるべきことがあるのではなかろうか。引き上げればこれまでの路線が続くだけである、何も本質的にはよくはなるまい。まず独占をやめることだろう。足りない足りないと言いながらも止まったままの宮津発電所のように発電所は過剰くらいにあるし、他の業種でも発電すれば、いっぺんに電気料金は下がり、電気のバカ使いもなくなり正常な姿に戻っていくことだろう。



 安くなかった


 原発は電力供給の基礎部分をしめる電源に位置づけられている、需要は変動するが、原発の出力を上げたり下げたりすると炉に負担がかかり危険なために、昼も夜も一定の出力で運転し続ける。稼働率が高いのはそうした理由による。同じ理由で原発はあまり増やすこともできない、たとえば100%原発にすれば、夜間などの使わない時には電力が余ってしまうが、調整して出力を下げたりすることはできない。せいぜい需要の50%くらいまで原発にするのが限界と言われる。
関電はこれが48%といわれ、これが限界である。電力需要が大幅に増えない限りはこれ以上原発が増えることはなかろう。

 そうして40年使えば原発発電単価は安いという理論計算をし大宣伝をしているが、それはこうした運用を想定して、税金などで支払われる他の出費を大幅に除いたニセの政治的な数値で、kwHで5〜6円としている。実際にかかった費用で計算されたものではない、もしすべて想定よりもずっとてうまく運転できれば、これくらいになりますの数値で、捕らぬ狸の皮算用的な政治単価であって、費用の全部をひっくるめて、周辺地域の避難対策など何も手も付けられていない諸課題の費用や遠い将来の使用済燃料の管理費などの計算もできないものはのぞいても、計算すれば一番高くつく、最も損な発電法と言われる。実際はどうそろばんをはじいてももっとも割に合わない発電法といえる。

たぬき 原発は40年間、稼働率76%で稼働すると計算して、それで減価償却と廃炉引当が終了するという会計ルールで運用されているそうで、これ以下だと、投資したゼニは回収できず、廃炉費用もできなくなる。
そうした条件で40年間も高稼働率で運転できた原発は日本には1機もなかろう。廃炉費の積み立てができていないと言っている通りである。はじめから政治判断の甘すぎる前提で、安いと大宣伝した以上は泣き泣き安すぎる原発電気料金の計算をしていたことになる。
稼働率(設備利用率)は、アメリカや韓国は90%以上で、日本の原発は世界の他の原発よりもかなり低い、低いと儲けにならない、できるだけ安全チェックは省こうという方向へ動く、「過剰な」細かなチェック項目を省いたし、大きな項目も省いた、特に大津波などといったいつ実際に発生するかもわからないものは無視される。経済性か安全性かとなれば民間企業となれば、当然にも次第に経済性に傾く、原発が実際には安全であろうが、なかろうが、道理無視してでも経費を削り安上がりに、銭儲けだけが使命の資本とすればどうしても再稼働し止めることなく運転を続けたくなるわけである。
こうしてドカンと3機も爆発させて巨大補償が発生したことになる。さあ免震塔だ、フィルター付きベントだ、防潮堤だ、避難路だと要求されてもない袖は振れまへんわいな、大赤字ですがな、何とかごまかせないかと政府と事業者は悪知恵を絞っていることになる。しかしゴマカシはできまい、日本ではどっちへ転んでも原発は高くついて、これで儲けるとか元をとるとかはムリ、尻は税金でなく、自分で拭いてくれ。

 高いだけでなく、無視できない問題を社会に与える。まずおかしいのは、独占企業のくせに、必要もなかろうはずなのに莫大な広告費を使い、大手メディアなどをその金で買収している、そのため都合の悪い本当のこと、住民の命にかかわる問題が隠されたりあまり知られていないという欠陥がある。
ヘンな取材をしようものなら、「何々新聞さんですか、オタクにはいつも広告をお世話になってますから…」などと平気で言うそうである。危険で陰険な何を隠しているかわからない権力をバックにした大宣伝費と大ウソが必須の高くつく発電法である。

 東大など「学問の府」もこうした推進側に以前から組み込まれていた、破格の研究費や講師費や寄付を提供するなどして取り込む。
反対派はもとより慎重派も排除されていった、反対派には電力会社の尾行がつき、学校からは圧力がかかるようになっていったという。こうなれば学問でも学者でも何でもない。東大教授などの肩書きがアンゼンなどと言えば眉唾するのは私だけでもなかろう。(全部がそうだというのではない、大江健三郎氏なども東大出身である)。こうした普通の発電には必要のない費用も原発電気には欠かすことができないし学問も大きくゆがめた。

 高浜町や舞鶴市などもそうだが立地や周辺の自治体に多額の固定資産税や交付金や寄付金がでる、これがなければ原発は作れないため、不可欠な経費である。その額は目もくらむほど莫大で、高浜町だと町財政の60%もしめる、そのほか地元事業者に発注などもあり、あれもこれもとこれだけあればよほどにしっかりした者であっても、小さな自治体や住民たちの理念や諸機能をゆがめてしまう。ヤバイとは知りながらもこの大金に目がくらむだろう、人間の弱点を悪用した悪辣なやり方でしか進められないという人倫に反する問題。
 再稼働には周辺自治体の同意を得よ、などと最近はよく要求されるが、それは自治体が本来の理念と能力を持っていてこそ意義があるハナシであって、少し買収費がかさむが、次から次へと周辺も買収されていけば、そうしたものの同意などはかえって危険なことになる。
原発マネーが50%も超える自治体などは御用自治体、ロボット議会と位置づけて、まともなものとは見ずに、そうした原発関連の大事な決定からははずすのが本来ではなかろうか、せいぜいオブザーバーでよいのではなかろうか。立地地の住民の声は直接投票で聞けばいい。

 住民の自己研修とその投票しかなかろう。一番大事なそれには手もつけず従来路線のままで拡大してワシにも物言わせろだけは本当の安全保障にはなるまい、住民自身の学習しかない。
加えろとそれもよろしいが、それだけでなく、己の足りなさをよく自覚して、自治体も一生懸命になって原発の本当を書いて啓発に努められよ。大本営発表を横流しするだけで何もないぞ。
PR館の展示
↑高浜原発のPR館の展示。何も書かれてないが、暗に原発はこれだけも「恩恵」があるのだといいたげに見えてしまう。町の汚染や町民の健康についての展示は何もない。敦賀だったかあったでないか風下集落は実際にヤバイというデーターが(4)。あそこであったとしてもここはないのであろうか、それと引き替えの「原発マネー」ではないの、健康を売っているのではなかろうか、君たちはマネーを受け取っていいばっかりかも知れない、しかし取引きなしではマネーは一銭たりともくれないよ、それはもしかすると君たちの次の世代の健康を売ったマネーでないの、…と考え込んでしまう。現在社会の恐怖の「麻薬づけ」物語を見る思いがする展示である。

 本来住民の健康安全に責任を負う立場にある自治体やその左右の議員ども、それが都道府県から市町村にわたるまでが、「やらせ」をしたり、「ア」の万才を演じたりして、私がこんなことを書く何百倍も大反対(彼らとすれば推進を意図しているのだが)をしている。アホなことをしてると信頼を決定的に失い二度と再稼働はないぞと注意するまじめ派推進派もないよう。ということは推進派の全体がこうした低レベル人間と想定しなくてはならないことになる。

 一民間の発電設備くらいに何で住民の健康を守る立場にあるはずの自治体までが、その立場を忘れてまでに陰でそろいもそろって味方するのか。一民間というが、そのバックには国があり、さらにそのバックにはアメリカの核戦略体制が控えていて、そうした巨大なバックを勘定に入れたゴマスリ反応と思われ、表向きは違っているかに見えても根っこでみなつながった同じ穴のムジナ。おるわおるわあっちこっちに一杯おりよる。舞鶴もこんなのばかり、あなたの隣にもこんなもの→がおりまへんか。まだどろ船にのってることに気がついてない様子である。たぬき日本もそろそろタヌキ退治をしなければなるまい。日本はごますり連中でないと出世もゼニ儲けもできないので、そうしたクソがトップに座っていて、またそれが子分にゴマスリを登用するということもあろう、ゴマスリピラミッドの集合体のような日本なのだが、自分が責任を負っている住民の安全すら忘れて上に、すなわち国際、アメリカが中心だがその核推進大勢力に一生懸命ごまをする、もうあきれて笑うより仕方もない情けなさを演じている。

 そうしたドタヌキとクラゲ連中ばかりでなく、なかにはもう少しは骨のある者もいようが、あれだけの事故があり、すぐ原発の隣に住んでいるにもかかわらず彼ら市民の反応も一般にたいへんににぶいようである。
何もこんなことに口を突っ込む暇もない私がこうして書かねばならないことにもよく現れている。誰も書かないから仕方なく書くのである。せめて10名でも原発を書いてくれよ、どうか頼みます。市民が世の中を考えないで何で世の中が市民にとってよくなったりしようか。あんなもの↑にまかせておいてよくなるか。
原子力はむつかしくてわからないもの、市民とは関係ないという観念が強く、自分の頭で考えなくなっている、知識もない、あったとしても時代ものの何の役にも立たないものでしかない、ようにも見えるが、やり始めればそのうちに進歩するものである。

安全基準なるものは推進派がきめたもの、安全ではない


 もともと放射線の基準には実証データーがほとんどない、人体実験するわけには行かないし、広島長崎原爆のデーターなどが参照されるわけだが、これが他を排除して報道すらもできないようにしてアメリカ軍が集めたデーターで、被爆の実相を隠蔽しできるだけ小さく見せて、核戦略を推進しようとする側の収集データーであった。特に内部被曝の被害は隠されたという。日本政府もこれに協力して、低線量での被曝はありえないとする立場にあって今以て補償されないままの被爆者も多いわけである。
わずかに実証データーもないわけではないが、そのデーターは推進派には都合悪過ぎて、信用できないとされてしっかりと隠されているのである。


 原子力はこうした戦後の国際政治と軍事の核戦略が深く秘密に絡まった大国の国家秘密に属することでもあり、広く報じられることは少ないし、逆らうと危険かもと用心深い立場ある人はうっかりしゃべれない問題になるし医学も発達していなかった。
原子力はそもそもが兵器開発として出発したために、利用の最初からオープンな情報公開や議論がなされず、国家が超機密にして進められてきたものであった。
普通市民の歴史好きの問題意識の範囲は超えているし、従来エネルギーとは根本的に異なる新エネルギーであり、簡単には理解しにくい彼岸の話となる、アメリカは日本を助けてくれるなどとのどかにも信じられているような市民感覚であるからなおさらかも知れない。
原発問題は一部では古くからずっと続けられていたのであるが、彼らはたいへんに優秀であって興味薄い一般人には難しい、要するにとっときやすく誰も正面きって取り上げることがなかったし、とりあげたところで無視されるくらいのことだったわけである。髑髏
 福島が発生し多量の放射能がばらまかれて、自分や子や孫の問題となりようやく日本でも市民の目が放射線安全基準に向き始めてきた。どうもうさんくさいで、おいおいホンマに安全なのかと。原発そのものの安全性に加えて、どうもなにがしかの被曝は避けられそうにもなく、これくらいなら被曝しても大丈夫なのかと放射線被曝量の問題も注目を集めることと、ようやくなってきたと言っていいのではなかろうか。

 問題となっている低線量被曝と内部被曝については今の所はこれは完全に信用できるというデーターがない、ゼロがよろしいとしかいいようもないのだが、何が起こるかはわからない状態。
福島で今後詳しい調査研究が行われればあるいはもう少し明らかになるかも知れない、それには市民の厳しい目が欠かせない、歴史が教える通りである。
(11)の著者は私と同い年か一つ年下かも知れないが、

 〈 死の淵を過去二度にわたって彷徨し、太い人工血管を全身に埋め込まれ、およそ考えつくかぎりの後遺症に次々と襲われ、そしていまでは「リハビリ難民」となってしまっている自分のからだ…  〉 

と記している。1978年から実際に美浜、福島、敦賀とあわせて1年間ばかりを原発下請け労働者として働き、安全とされる範囲内の被曝をした人である。推進派から言わせれば、それとは因果関係はない、というだろうが、国などが使っている基準は、市民の健康安全を守るための基準ではなく、もともとが原発や核戦略の安全を守るための基準であるものが何の検討もなくそのまま使われているものである。
これくらいの基準にしておかないと原発を動かす人間が作業できない、安全対策費にカネをつぎ込むと、もうけにならない、そこそこにしてあるというものである。
この基準でも「きつすぎて」10分もその場で働けば、作業員のアラームメーターがパンクしてしまう。あとは外国基準で外国労働者が働くということになる、日本基準の10倍くらいで、2、3日働いて帰ってしまうという。

 最も権威があるとされるICRP(国際放射線防護委員会)の基準はあくまでも原発推進の立場にある者の政治的基準であって、人を守るための本来の科学や医学に基づくものではない。
年間1ミリシーベルト以下なら安全などいうのはそうした政治発言である、実際にはデーターがなく、あっても隠した者ども、今現在も黒い雨が降った地の被曝は認めない者ども、朝日新聞によれば、最近の話であるが、

 〈 「被爆地域の指定は科学的、合理的な根拠が必要。申し訳ないが、拡大は難しい」。小宮山洋子厚生労働相は被爆者代表との面会の場で、黒い雨をめぐる援護地域の拡大を改めて否定した。  〉 

今で言えばホットスポットの被曝はなかった、低線量、内部被曝はなかったと言っているのだが、、そうした昔の放射能は雨などに流されて今は残っておらず、内部被曝したものもすでに排出されている、当時の汚染の根拠を「科学的合理的に」今さら出すことはもうムリである、テメエらが当初に「科学的合理的に」よく調査しなかったからではないか。この人いややわ、女はかなんね、性格がそのまま顔にでるでね、ずいぶんイジメやなんかもしはったんと違うやろか、そうとうにしてはるわ、などと女性に超不人気の厚労臣個人のイジメ話ではなく、これが祖国だ、われらの国で、誇りと自信を取り戻そうではありませんかという国であり、さらには核保有諸国の変わることのない姿勢である。(どこかの町のあくまでもうわさ話で厚労相が本当にそうなのかは知りませんが、そうした黒いバックを代弁しているだけのもの)

 こんな者どもが何を根拠にしたかもわからない「安全ですよ」などとしゃあしゃあと言う基準を、信じろというのだろうか。これを信じたら福島被曝も遠いところだと救済されないことになってくる。
巨大科学技術によって政治はもとより、科学や医学もすでに大きくゆがめられてしまっている、人々の安全を守るという本来の目的はもう失われている。
それも少々の違いくらではない何百倍とかも、基準すらもありえないほどにゆがめられている。何も日本政府や事業者だけが特別におかしいのではない、どこの国も推進側といえば似たようなものであって、それらがそれらだけで集まって決めた国際基準で、何か本当に信用できるとかいったものではもとよりない、かれらの千倍を見ておくのが、とりあえずの基準かも、このへんを頭においてもらうより仕方がない。



かくすほどにボロがでる、通常運転で放射能がでている

: 原発は完全に放射能を密閉しているのではない、五重の安全装置で外へ放射能が出ることはなく安全安心と宣伝しているが、中で作業している従業員などは限界まで被曝をしている、被曝した工具類などもノーチェックで無防備な町へ持ち出される(11)、漏れないのなら被曝はなかろうが、実際に被曝しているのだから漏れが必ずあるわけである、それがさらに漏れて環境中に放射能は出ている。何であれ100%閉じ込めることなどは技術的には出来ないことはなかろうが、難しいことで、やろうとすれば莫大な費用がかかる。立て看板多少の漏れは法律上は許されているのである。すなわち漏れるのである。

 最先端技術のかたまりかと思いきや、実際の原発は何段もの下請け制度という時代遅れのものによって成り立っている。彼らがいないと原発は動かない。関電社員の被曝はたいしたものではないのだが、この下請け作業員の危険な被曝がないようしてもらいたいが、それもできていない。
「安い」などというのはこうした安全手抜きの安上がり労務管理がいたるところにあるからでもある。
下請労働者の被曝実態は隠されていてめったなことでは外へは出ない。私の近くにもけっこういるのだが、彼らが被曝についてしゃべることはまずない。秘密で潜り込むようなルポでも読まないとわからない。

 隠せば隠すほどボロがでるのことわりありで、周辺は↑のような看板が海ぶちばかりでなく至る所に立っている。へぇ、ここらは山で魚を釣るの、すごいね、原発は安全ではなかったのか。君たち自身が不都合なことを書くのだから本当だろう。魚釣りはいいが、植物に変異がないかは皆が知りたいだろう。
こうした漏れだけでなく、管理放出と呼んでおおびらにも出ている。すでに海水中へあるいは排気筒から、意図的に出された量は莫大で、高浜だけでも兆とか億単位ベクレルになるという。
すでに大量の放射能が漏れている
「安全なレベルただちには影響がない」と推進側がいう範囲では漏れてはいる、その根拠としている数値はマヤカシ的なもので、国や関電がそう言ったとしても、それは政治的発言であって、こんな近くへは来ない方が安全である。

遊び場が近くにないので、原発PR館などへは小さい息子を連れてきたことはあるが、ここまで連れてきたことはない。
文科省が低く見せろと要求

こうした放射能は放出源の原発の近くでは当然に強いが、遠く離れていれば安全かといえば、そうでもないのである。遠く離れた地点でもホットスポットと呼ばれる放射能が強い地ができる、スポットというのはどれくらいの広さを呼ぶのかは知らないが、ホットスポットは10p四方というような範囲ででもそこだけが猛烈に強いという地点ができることがあるそうである(1)。モニターポスト(小黒飯)
 若狭原発や福島原発由来のそうしたホットスポットがあなたのすぐそばにもあるかも知れず、子供がそこで遊んでいるかも知れないが、異常に強い放射能があっても、これぼど狭い範囲だけのものなら普通は誰にも発見されることはなかろう。仮に子や孫がそれが原因で病院に行ったとしても、これは放射能ないかと気がつく医者はまずなかろう。医者が放射能に鈍感ということは舞鶴市民はよく知っている。
モニタポスト(音海)
原発周辺の放射能はモニタリングポストが監視してますから安全ですなどというが、あのような粗いシステムだけでは、細かな汚染はわからない気休めにもならない、風まかせに空を飛んでいるものである、予測もできず油断もできない、まだ人類には未知のふるまいもするのが放射能である。これらも住民の安全を守るものとはいえず、原発を守るためのものである。
高木さんだったか、どこかで書いていたが、ある放射性物質をコップの水の中へ入れる、コップの中は汚染される、外は汚染されない、とフツーは考えるが、実際はコップの外でもその放射能物質が検出される、という。常識ではわからない性質もあるようで、何もかもがわかっているわけではないようである。




 関電の原子炉は東電とは違っていて、すべてウエスティング・ハウス社(WH)の加圧水型原子炉(PWR)で、この技術を買ったのが三菱重工業であった。
「週刊金曜日ニュース」によれば、

 〈 三菱重工の原子炉製造は神戸に集中しており、これまでに納入した原発プラントは、全国五七基(日本原電の四基を含む)のうち二四基。うち北海道電力(泊原発の三基)、関西電力(美浜原発の三基、高浜原発の四基、大飯原発の四基)、四国電力(伊方原発の三基)、九州電力(玄海原発の四基、川内原発の二基)を三菱系で占めており、日本原電の敦賀二号機も三菱重工が手掛けている。  〉 
造船技術はその当時の最高技術が集められているものであるし、原子炉を作るための大きな鉄板を切ったり曲げたり溶接したりするのは得意、三菱は戦艦武蔵や潜水艦建造をしてきた、それらを引き継いで工場内には毎年1炉づつくらいを製造できるラインがあるという。関西圏内では兵庫県だけが、自治体らしくもなく原発に対してはちょっとトーンが違ってムラ寄りに見えるのはこのためであろうか、兵庫県民というよりも三菱財閥の発言のように聞こえる。それならば神戸にこそ兵庫県内にこそ世界一の原発基地を作るべきであろう。それはしないでおいて外野から安全そうなことを言っても通用はしまい、この前の地震では世界一の耐震構造といっていた高速が崩壊したではないか。
 加圧水型のスリーマイル原発はメルトダウンを起こした。加圧水型は沸騰水型に比べて、格納容器内で水素爆発する危険性が非常に高く、冷却機能喪失からメルトダウンまでの所要時間が沸騰水型に比べて圧倒的に短いという。沸騰水型は格納容器内に窒素が充填されている、だから水素が発生した時点でも福島では水素爆発は起きないと主張していたセンモンカもいた、確かに格納容器内での爆発はなかった。
しかし加圧水型のここはただの空気で、冷却機能が失われて炉の温度が高くなり、水素が出るようになってくると、その空気と反応して水素爆発になり、格納容器内で爆発する、福島は一番外の原子炉建屋を吹き飛ばしただけ、格納容器も被害はあったろうが、破壊されてはいない、もし格納容器が吹き飛ぶと原子炉内の放射能はほぼ100%が外に出てしまう。福島の10〜20倍の汚染、アっという間に超チェルノブイリ級大事故になる危険性が高いわけである。若狭原発の事故想定シミレーションは福島同程度ではおかしい、原子炉の型が違うのだから、推進派に都合の良いシミレーションは実際には何の意味もない、世間をまどわすだけのもの、少なくともチェルノブイリ同程度で行われるべきであろう。
またプルトニウム燃料を使った原発で事故が起きれば、ウランよりも2倍は線量が増えるというから、その修正もして避難範囲を広げるべきであろう。

 原発技術は出発が核保有国からは何十年も遅れていたので、その技術を買っただけの、コピー・メーカーとして進んだ、1から作り上げていった技術ではないためで何かの重大事故には日本勢では対処できないという欠陥がある。古い原発は特にそうで福島の時も政府は日本の製造メーカーなどは呼び集めなかったという。高浜も1.2号機は福島と同じ時代のものであるし、3.4号機はすこし新しいがやはりWHの技術者を呼び集めなければならなくなるものかも知れない。その時間的猶予があればいいが、なければ破局であろう。
WHは後に東芝が買収、困った三菱は、WHの技術や資本を導入していたフランスのアレバ社と業務提携して生き残ろうとしているそうである。国内では今後は作られる見通しは立たず、外へ出て行くより生きる道は残されていないが、国内で反対の強い物を資本の都合だけで輸出するなどは問題であろう。





 身の毛もよだつ危険を告げる伝承


 『若狭高浜のむかしばなし』人魚

 〈 御浅(みせん)の人魚
 宝永年中(一七○四)のころというから、今から三百年ほど前のことだろうか。
 音海の漁師が海で漁をしていると、岩の上に奇妙なものが寝ている。そろりそろりと近づいてみると、頭は確かに人間だった。しかし、衿もとには鶏のとさかのような赤いものがひらひらと付いている。そして、そこから下はびっしりとうろこが貼りつき、どこからどう見ても全くの魚だった。
 「ふーむ、けったいな者がおるもんじゃ」
 不気味に思った漁師は、持っていた擢を振り上げ、ひと打ちにたたきつけた。すると、その奇妙な生き物はころりと死んでしまった。
 「あれあれ、簡単に死によった」
 漁師はぽいと海へ放り投げると、そのまま家へ帰ってしまった。
 海に異変が起こったのは、その後だ。急に大風が吹き始め、海は荒れに荒れて七日間静まることがなかった。それだけではない。轟音とともに大地震が起こり、御浅ヶ岳のふもとから海辺までの地面が大きくさけてしまった。人々が叫び声を上げる中、音海の村はその下に落ちていったのだった。
 御浅ヶ岳は、有名な魔所だ。山の八分目あたりから上へは、誰一人登った者がいない。この山の御浅明神の使者は、人魚であると伝えられている。
 音海が地中深く消えてしまったのは、今だに謎である。  〉 

 『高浜町誌』

 〈 御浅(みせん)の人魚(音海)
 御浅獄は有名な魔所とされている。山の八分目あたりから上へは誰も登った者がない。この山の御浅明神のおつかいしめは人魚であると、昔から言い伝えている。昔、宝永年中(一七○四)に音海村の漁夫が、海で漁をしていると岩の上に奇妙なものが寝ている。近か寄ってよくよく見ると、頭は確かに人間であるが、襟もとに鶏のとさかに似た赤いものがひらひらとまといつき、それより下は全くの魚体であった。けったいなものがいるものじゃと、漁夫は持っていたかいを振りあげてひと打ちにたたきつけると、もろくもコロリと死んでしまったので、ポイッと海へほうりなげてそのまま家へ帰ってしまった。
 すると急に大風が吹き出し、海は荒れに荒れて七日間というものは少しも静まらず続いて今度は、大地震がおきて御浅獄のふもとから、海辺までの地面が大きくさけ、音海村は残らずその下に落ちてしまった。これは明神様のたたりだと言われている。  〉 

 御浅というのは、青葉山のことである。「若狭国志」に「西二丹後ノ国界二接ス。最モ高山ニシテ故二国民須弥二比シテ以テ弥山卜呼ブ」と記している。西国観音霊場三十三箇所の二十九番札所・青葉山松尾寺が南中腹にある。
高浜原発からなら南の山である。↓現在の音海集落の対岸側になる。
高浜原発と青葉山

 宝永の頃は東海トラフと南海トラフが同時に動いた宝永地震と津波、それに富士山が爆発しているが、このあたりではこうした歴史記録はない、しかしいつの頃かそうしたことがあったのを誤り伝えたのかも知れない。
これは谷川健一氏『古代海人の世界』も取り上げている。

 〈 神の来訪をあらわす津波
『諸国里人談』には、若狭(福井県)の乙見村(大飯郡高浜町乙海)の漁夫が、岩の上に伏している人魚を打ち殺して海に投げこむと、大風が起こって、海鳴りがすること十七日ばかり、さらに一月ばかりすぎて大地震が起こり、その漁夫の村は陥没してしまった、という記事が載っている。  〉 

『越前若狭の伝説』(杉原丈夫編・昭45年2月発行・松見文庫)は、

 〈 みせんが岳の人魚  (音海)
御浅(みせん)が岳は魔所である。山の八分より上へはだれも登らない。この山の御浅明神の使者は、人魚であるといわれている。宝永年中(一七〇四ごろ)音海の漁夫が海で漁をしていると、岩の上に奇妙な者が寝ている。近寄って見ると、頭は人間であるが、えりにとさかに似た赤いものをヒラヒラとまとい、それより下はまったく魚であった。漁夫は持っていたかいを振りあげて、ひと打ちたたきつけると、もろくも死んでしまった。そのまま海へ投げ入れて、家へ帰った。すると急に大風雨がおこり、海が鳴ること七日間静まらず、三十日ばかり過ぎて大地震が起きて、御浅が岳のふもとから海べまで地がさけ、音海村は一村残らず落ちてしまった。これは明神のたたりに違いないといわれている。(諸国里人談)  〉 

有名な話のようだが、問題はそこに高浜原発があることである。青葉山の左下半島の付け根部分にある↓。歴史は繰り返す。一回こっきりだけの自然現象はそう多くはない。人間が記憶しているくらいの近い過去に起きたのなら、またすぐ将来にも同じようなことが起きると考え賢い人間としては備えねばなるまい。
その時は、地が裂けて原発がその裂け目に落ちていってしまう。…かも知れない。身の毛もよだつ近未来想定だが、海に見慣れない海の生物、人魚的なものが出る時、地震魚があがるときがヤバイと伝えているのかも…
『福井新聞』(2013.1.10)(写真も)

 〈 福井県小浜市加斗の飯盛川河口で10日、深海魚の「リュウグウノツカイ」が浮いているのを地元の男性が見つけた。住民たちが陸に引き上げると全長4・1メートルあり「まるで大蛇のよう」。…「生きたまま見ると良いことが起きる」「天変地異の前触れ」などさまざまな言い伝えがある珍魚なだけに、住民たちは興味津々で観察。地元の漁師は「20年以上漁師をしているが、この辺で見つかったのは初めて。ええ知らせか、悪い知らせか、どっちか気になるわ」と笑顔を見せていた。  〉 
飯盛川河口は日本で唯一稼働中の大飯原発から6キロである。伝説の人魚、地震魚だ、言い伝えの通りにならないことを祈ることしかできない。

 漁師の山アテの山であり、ブリは青葉山の山影に誘われてやってくると地元若狭漁師たちには信じられていて、中腹にある松尾寺や中山寺の馬頭観音は大漁祈願の信仰厚い。
内浦湾←PR館にある内浦湾ジオラマ。後のとんがり山が青葉山。

 この山には溶岩があって火山であるが、噴火口がない。火山のくせに噴火口がない、そんな馬鹿なことはない。ではどこに噴火口があるのかということになる。
青葉山の頂上稜線に沿って大きな溶岩が多い、ということはこの溶岩を吹き出した火口は今の青葉山の頂上よりも高い所にあったことになる。高い所といっても空しか今はないのだが、その古青葉山は溶岩を多量に出したために地下に大きな空洞ができた。やがてそのために古青葉山は大崩壊を引き起こして崩れ落ち、ほとんどが海になった、それが今の内浦湾ではなかろうか、内浦湾はカルデラではなかろうか(あくまでも素人の考えです。あるいは水蒸気爆発で山体を吹き飛ばしたのかも知れない)。古青葉山はすべてが崩壊完了したわけではなく、この一帯はまだ地下に空洞が残されているかも知れない。白山火山帯に含まれる若狭湾には、古青葉山のほかにも噴火口があったかも知れず、そこにも地下に空洞があるかも知れない、それらが何かの衝撃で崩れて落ち込むかも知れない、そうした伝説が沈島伝説としてこのあたりには結構見られる。近くの馬立島、風島、冠島。
地震で青葉山北側が山体崩壊してもこわい、谷だろうが、小山だろうが、海だろうが乗り越えて土砂は押し寄せるから、その対策も考えておかねばならない。



 海で大きく崩壊し陥没した場合は津波が発生するだろう。若狭湾の西の端、宮津の真名井神社の波せき地蔵は40メートル超の大津波があったと伝える。東の端の美浜町と敦賀市堺の旧国道27号線脇の波除地蔵は100メートルの峠にあるそうだが、ここまで津波が来たと伝えている。
高浜原発の想定津波高は1号機1・08メートル、2号機が1・.34メートル、3と4号機は0・.74メートルの全国一の低いものであった。
日本海には大きな津波の発生原因となる海溝型のプレート境界がないことから、若狭湾周辺で大きな津波が生じる可能性は低いと関電はいい、一番低い海水ポンプは海抜3・.85メートル、非常用ディーゼル発電機は4メートルの高さにあり、安全性は確保できているという。
確かに海溝はなく海溝型の津波もなかろう。しかし何も津波のすべてがこうした海溝型だけで発生するものではない。海溝型以外の津波にも備えなければならない。

 同社はその後この想定を見直し、暫定的に想定津波高を2・3メートルに引き上げ、中長期的には、取水口付近に防潮堤をつくる計画もあるというが、その防潮堤の高さは「検討中」。しかも防潮堤の建設計画は取水口のある東側の海側だけで、3、4号機が面する西側の海岸には、新たな津波対策施設の計画はなかったが、最近になって、取水路の上に11・5メートルの防潮堤を建設し、放水路の周辺には6メートルの壁を設ける。2015年3月までに完成予定という。私はその工事をしてないかとわざわざ見に行ったのだが、ご覧のように何もしている様子はなかった。
取水口
↑東方から海水を取り入れている。海水は原子炉を冷やすためにどうしても欠かせない生命線、クラゲが発生して取り入れに支障がでれば原子炉出力を下げる、4機が稼働していたときは川のようにゴーゴーとこの水路を流れ込んでいた、電気に変わる量の2倍以上もの熱がこの海水によって冷やされ、反対側から温排水として海へ捨てられる。停止後は捨てられなくなって排水される側の内浦湾では、稼働中は多数確認できた南方系の魚介が、停止後はほとんど見られなくなった。

 原発は炉の安全のために高温の蒸気を使えず熱効率が低い、外国の原発などでは巨大な冷却塔を2機ほど建ててそこから空中へ蒸気として熱を逃している、せっかく発生させた熱の70%も捨てなければならず、地球温暖化に大きく貢献している。もし都会にあれば、この熱は地域暖房などで多少とも使えようが原発は危険なために都市近くには作れないし、100%放射性物質を含まないということもムリ。熱効率10%程度の蒸気機関車が早く退役したように、次は原発退役となろう。

 防潮堤を作り締め切ると海水を取り入れられなくなる、あるいは津波の引き潮で海面が下がると海水を取り入れることができない、クラゲどころの話ではない。
緊急停止したとしてもそれでも熱は出るので海水は不可欠、原子炉の概念図を見れば電気が止まっても海水が止まってもメルトダウンが発生する。緊急用の水はもっているのだろうが、長時間津波の影響が続けば、ここから取り入れる多量の海水の代替の水が必要になるがそうした用意もあわせてしなければならない。膨大な数のタンクローリーが海水を積んであのへぼい道を往来してここから下へ放水するのであろうか。それとも大飯のように地下に緊急用の配管が通っているのだろうか。
ヨーロッパの原発でももし前を流れる川からの取水ができなくなればどうするか、代わりの水をどこから引くかと頭を抱えているという話を聞くが、津波防潮堤は実際はむつかしい、あるいは不可能ではなかろうか。小津波に対しては有効かも知れないが、「冷やす」の生命線を切ってしまうことにもなりかねない。

高浜3・4号機側の海岸
 こちら側は広く、この海岸こそ防潮堤は必要のはずだが、もし作れば万里の長城であろう、莫大な費用となろう。冷却水の放出口がこちら側にはある。まあちょっとだけやるということを言っておいて、作ろうにもそんなに完璧なことは不可能なので、ごまかそうの腹かも…。しかしそうした手で自然もごまかせれば、どんなにいいだろうね。もともとが大津波を想定した作りになっていないので、あとになって対策をしろといっても、実際はほぼ不可能な話になる。日本の海岸に原発を作るなどはもともとが無理な話であったということになる。

 福井県は最近になって、日本海側で発生した地震で県沿岸部に到達するであろう津波の予測結果を公表している。坂井市では最大津波高が8・68メートル、若狭湾沖の地震により約30分で最大の津波が到達。大飯原発3、4号機には2・52メートル、もんじゅには2・80メートル、小浜市は6・50メートル、敦賀原発は3・48メートル、美浜原発で1・84メートル、高浜原発では3・74メートルという。
 坂井市や小浜市などの原発のない所が高く、なぜか原発へは低い津波しか来ないということのようである。たとえば高浜原発の一番低い海水ポンプは海抜3・.85メートル、県の津波予想は3・74メートル、隣の小浜市の半分、大飯原発はすぐ隣の小浜市の半分以下。しびれる、もしかして君たちには恥も外聞もないのか、傀儡なのか、ピタっと押さえる、仮にも自治体だろが、すごい普通ここまでやるか。
県なのか関電さんなのかわからないようなことだが、表向き県の発表のように津波も原発にゴマスリして都合の良い高さで来てくれるのなら、どんなにいいだろう。県民の安全を守る気があるのか、子供でもわかりそうはインチキくさい政治数値を発表をしてまでも原発を守る気でしかないのか、他県民としては頭をひねるな。それとも苦しい事情をわかってくれの発表で、晴眼な県民よ、少なくとも坂井市小浜市なみに8・68〜6・50メートルは来ると見てくれよのことか。そのへんのことは他県民にはわからないが…。こうした都合の良い想定をするのは何も福井県ばかりではないので、今さら驚きもしないが、将来仮に40メートルの津波と想定され直しても、若狭の原発には今の津波限度を下回る津波しかこないと県などは想定することであろう。どんな地震を想定しても十分に耐えられ安全というだろう。
最低として6・50メートルならば、それでも計画とかの防潮堤を越えてしまう。事故となれば被害が大きいと予想されるものほど安全率は高くとらなければならない。原発、特にプルトニウムを燃やすのなら、ずいぶんと高い目の世界最高の安全率を見なければならない。予想津波が8.68メートルであったとしても、それを大きく越えた高い防潮堤が必要になる。建築では普通はどれくらいの安全率を見ているのか知らないが、それよりも大幅に高いものであるべきで、これはコストダウンなどはできないものである。それでは経済的に成り立たないので、それは想定せずに、想定外でしたで、逃れるつもりであろうか。想定外が実際にあった以上は、県さん関電さん国さん、もう決して逃れられたりはできないのだぞ。
福島は6、1メートルを想定していた、しかし実際はその2倍以上の13.1メートルが来た。地震の活断層調査は地表に現れた目に見える断層だけだが、それでも10万年くらい前までのものは調査は一応している。それが活断層と判断されれば、グレーでも、もしもを見て危険なものを運転するわけにはいかず廃炉になる。サル

 津波も同程度以上の危機を招いたわけだから、少なくとも同じ10万年の過去までさかのぼった「活津波」の調査が求められるわけである。グレーでも廃炉の原則が適用されるべきものである。
原発の下に活断層があれば、津波もあっただろうということになるが、原発下の断層だけでなく津波はもっとずっと遠方の地球の裏側の断層の動きでも引き起こされるから、過去10万年間1度も津波がなかったという海岸は日本にはなかろう。問題はどれくらいの津波であったかということになるが、太平洋側は全域がアウトだ、何10メートルは覚悟しなければならない、いまさらわざわざ調査をする必要もないほど明らかなことである。日本海側だが、10万年となれば何も確たる記録や痕跡があるわけではないので、誰にも確たることは言えない、しかし超危険なものである以上は最低でも20〜30メートルは見ておかねばなるまい。
どうしてもつくるのならば海岸からは遠ざけ、高い場所か地下深くが求められよう。今あるものはすべて早く廃炉にしなければ危険が多きすぎる。






高浜原発、関電が稼働したがっている3、4号機は、プルトニウムを燃やしていこう、という大きな問題があるのだが、大変なので気合いを入れ直して、それは今後書いてみたい。
高浜プルトニウム原発


参考文献

こうした書を読まれればどうでしょう。けっこうたくさんありますが、少しだけを。本ページでもところとごろ引かせてもらいました。
ゲンデンの隣にある舞鶴ではこのような書籍を集めたコーナーは図書館にも本屋さんにもない。借りる人も買う人もないのだろうか。死神の高笑いが聞こえるような。簡単に手に入れたければ、ひょっとするとアマゾンさんくらいかも…

(1)『チェルノブイリ報告』(広河隆一・岩波新書)
(2)『内部被曝』(矢ヶ崎克馬・岩波ブックレット)
(3)『原発のコスト』(大島堅一・岩波新書)
(4)『悪性リンパ腫多発地帯の恐怖』(明石昇二郎・宝島社)
(5)『原発事故を問う』(七沢潔・岩波新書)
(6)『プルトニウムの恐怖』(高木仁三郎・岩波新書)
(7)『朽ちていった命』(NHK・新潮文庫)
(8)『原発を終わられる』(石橋克彦・岩波新書)
(9)『六カ所再処理工場』(小出祐章他・集英社新書)
(10)『原発はなぜ危険か』(田中三彦・岩波新書)
(11)『原発労働記』(堀江邦夫・講談社文庫)













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