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2009年7月22日の皆既日食
(舞鶴では約80%の部分日食)


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今回の日食は、南のトカラ列島などでは皆既日食となり、日本の陸地で皆既日食が見られるのは46年ぶりとのことという。
本州の真ん中あたりの日本海側、舞鶴ではだいたい80%が欠けた。09時47.1分に始まり、最大が11時04.7分、この状態がだいたい6分以上続き、最終は12時23.8分であった。
時、折しも「世界天文年」、何も日食観測機材なしだが、欠ける太陽を見てみることにした。
プラネタリウムのある「エル・マール舞鶴」(関西電力のPR館・舞鶴市千歳)へ行けば、何かあるかも知れない、しかし天候が心配であった、雲があってはどんな優れた機材でも見ることは無理。


↓当日の天候。雲が厚く低い、魚釣りには良いかも。しかし太陽は見えるのだろうか…
「見えないと始まらない、見ようとしないと始まらない」(ガリレオ)
日食の日の天候

エル・マールの艦上
↑こんなもので見ると、目が潰れる。しかしこの望遠鏡は仰角が押さえられていて、決して太陽は見ることができないようになっている。見ようとしても見ることはできない構造に設計されている。
艦内の放送では一生懸命に「艦上の望遠鏡では決して見ないで下さい」と言い、わざわざ注意に来てくれたりもしたが、ほぼ真上にある太陽は、これでは見ることはもともとできないのである。
「君は報告を信じるだけで、自分で確かめてはいないのか」(ガリレオ)



↑最後で欠けた太陽が見えるが、専用の「太陽観測グラス」を貸してくださった方があったので、それをかぶせて写したものです。








↓いちじは太陽光線をさえぎる雲のおかげで、超強力な減光フィルターなしでも、肉眼でも欠ける太陽が見えた。



↓最大に欠けた状態。
何も機材がないので、手元にあったNDやPLフィルターを3枚重ねて写したもの。フィルターの間で反射し合って太陽がいくつもあるように見えるが、まぶしいのが本物の太陽で、他はそんなことで生じたゴースト。ゴーストを見て、だいたいこんなものだったと思って下さい。

最大に欠けた太陽


最大に欠けた太陽


こんな状態が6分も続いたが、日中の明るさも気温も、さして変化が感じられなかった。80%の欠けくらいでは、さほどたいしたことがないようである。潮位が高いくらいで今日の日食を予め知らなければ、今日本当に太陽が欠けたことすら気が付かなかった人も多かろうと思われる。







              


エル・マール舞鶴の艦内

↑艦内では硫黄島などから送られてくる金環日食の様子などが写し出されていた。

今後、日本で見られる日食

2012・5・21に、金環日食が見られる。トカラ列島・屋久島・種子島、九州、四国、近畿、中部、東北の一部、関東の大部分で見られるという。京都では南東部で見られるという。

2030・6・1は、金環日食で、北海道の大部分で見られる。

2035・9・2は皆既日食で、能登半島、中部や関東の一部で見られるという。

京都で見ることができた皆既日食は、
158年
522年
975年
1742年
1852年だったそうで、
次は千年先の2974年だそう。
天文学的な数値で、人間時間ではどうしょうもない長い時間になる。命あってもしもその時まで生きていたならばぜひ見たいものだが、ちょっとムリかも。
しかし日食は地球規模では、あちこちでよく見られる宇宙の現象で、千年も待てない人は海外で見られる方がよろしいかも、と思う。


推古36年紀の日蝕記事が日本では初出。
「三月の丁未の朔にして戊申に、日、蝕え尽きたること有り」
とある。これは三月二日のことであるが、その七日に推古天皇は崩御した。日蝕は崩御の凶兆となっている。
これは現在の計算によると、628年4月10日の日蝕で、本州南東海上で皆既日食があり、飛鳥京では90%が欠けた計算になるという。





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2009年はガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡を夜空に向け、宇宙への扉を開いた1609年から、400年の節目の年目。その望遠鏡で木星の衛星を発見(ガリレオ衛星)、「それでも地球はまわる」という有名な言葉を残した。国際連合、ユネスコ、国際天文学連合は、この2009年を「世界天文年(International Year of Astronomy:略称 IYA)」と定めている。全世界の人々が夜空を見上げ、宇宙の中の地球や人間の存在に思いを馳せ、自分なりの発見をしてもらうこと、それが世界天文年の目的という。
そんな節目の年にちょうどうまい具合に日食が見られた。今回は何万人の(どれくらいになるのかケタ数の見当すらもつかないが)、ガリレオたちが宇宙へ望遠鏡を向け、何を発見したことだろう。私もそうした一人でありたいと思ったようなことである。「科学はこの宇宙という分厚い本の中に書かれている」(ガリレオ)のだから。しかもそれは神の言語で書かれている。それを人間語に翻訳する作業、神々との言語外コミュニケーションこそが科学的発見の作業なのかも知れない。

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