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丹後の伝説63

丹後の伝説:63集
−久美浜原発−
ヤミをもたらした死の灰製造機

申し訳ございません
死の灰製造機に安全などないことを
三歩歩いたらすっかり忘れたようだ

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丹後は世界最大の死の灰銀座に、深いヤミに閉ざされた丹後になるところであった。

旭(京丹後市久美浜町)旭地区→(『心のふるさと丹後U』坂根正喜氏より)
このあたりにヤミを作ろうというものであった。

 死の灰製造機に明日はない
電気はある。太陽光発電の買い取りを断るほどにある。
 日本には現在54基(廃炉決定炉も含む)の死の灰製造機がある、仮にこれら死の灰製造機すべてがなくともそれ以外の発電設備で電力は足りていて、それどころか年間5000万kwもの余剰があり、死の灰製造機が止まると停電になるのウソが大宣伝されたが、実際はありにあり余っている状態と言われる。
もっとも効率の悪い古い設備も多く電力価格が高くなったり環境によくない物も含まれるかも知れないから、これらを順次新型設備に建て替えていけば、何も死の灰製造機がなくとも十分すぎるほどに十分な電力はあり、まだ100万kw死の灰製造機50基分が余るというのである。
必要電力を満たすというだけなら何も死の灰製造機は必要物ではない。実際に死の灰製造機は全てが止まっているが別に停電になる様子もないからどうやらこの試算は本当のようである。フクシマで停電になるとか夏に停電になるとかの電力会社の宣伝はすべて大ウソであり、彼らの言うことは信用できないことはここでも明らかになった。仮に死の灰製造機が工学技術の最先端の固まりで安全の極地をいくものだとしてもそれを動かすのは人であり、安全かどうかの最後は人間というソフトが決める、その最後のトリデがこのザマである、安全の最後のトリデ(動かそうとする人間のデキ)が一番ヤバイ、ちょっとジョーシキでは考えられないヒドイものである、こうしたものが私企業として社会の中で一人前ヅラして成り立っているいうこと自体がやはりオカシイ。百歩譲ってピークのわずかな時間帯で不足が出るかも知れないが、そこは事前に調整さえしておけば、ピーク時も乗り切れる。
日本のような地球上ではここしかない3プレートがぶつかる国土上では「想定外」の死の灰製造機大事故で日本滅亡の危険性はゼロには決してならない、いかに大金をかけても対策をしても決して安全にはならない、地変がそれを上回るかも知れないからである、いかにセンモンカセンセが太鼓判を押しても、いかに政治屋がとぼけても、大事故が起きるか起きないかは神の判断とウンまかせであって、悪魔に見放され悪運尽きれば明日にも起きるかも知れないものでしかない。そして大事故最悪の場合は日本全土があるいは地球全球が住めなくなる、われらはじめ全生物の生存自体が怪しくなってくる、電気のために生存が脅かされるのである、今地球上に生存している何世代かの生存だけではない、遺伝子が破壊され遠い先の子孫達までの健康と生存が怪しくなる、たかが今を生きている人々の無駄遣いの電気のためにである。必要もないのに自衛などというのとまったく同じヤミである。
久美浜推進派町長は「もし電気がなければどんな生活になるか」を体験してみようとタイの少数民族が暮らす山村へ視察に行こうと参加者を公募し一部400万円は税金で行ったという。再稼働に備えて周辺住民にあらかじめヨウ素剤配布するなどとニッポンのヤミ派は根本的に発狂している。電気がないくらいがどうだというのだ、地球がなくなるかもしれないのだ。
仮に神のお加護あって大事故などがなくとも解決不能の大問題を抱えている。まず死の灰が作られる、その溜まり続ける死の灰の処理方法がない、完全に放射能を封じることもできず作業員や周辺住民などの被爆や子々孫々までの健康被害はなくすこともできない、等の深刻な問題を抱えてまで何故に電力は足りていて必要もなく安全でもなく安くもないにも拘わらずエエガケンなことで再稼働とか急ぐのか。
それは表向き語られることとはまったく別の「原子力ムラの生計」のまことのヤミの目論見があってのことである。政官財から地方自治体さらに大学やメディアなどに至るまで、反動、保守、中間は言うまでもなくさらには「革新」と名乗る一部政治勢力までをヤミは広く支配していて、これらはみなグルで繋がっていて、恥ずかしい信じられないようなことだが、大勢していまだに死の灰製造機は絶対安全と死の灰製造機で大繁栄の神話を信じるよう国民を説得する。

しかしその神話のリクツはいよいよオソマツのヤミの極限である。
最もわかりやすく言えば、次のようなことである。
当時の敦賀市長の、県外での講演という。(『大飯死の灰製造機再稼働と脱死の灰製造機列島』に中嶌哲演氏が寄せた資料)
「……関電、動燃、日本原電、こうしたところにお願いしよう。……ありとあらゆる施設、今までなかったもの、欲しいけれどもなかったもの、これらのものをつくるには今がチャンスでございます。
……ま、百年後にカタワが生まれるやら、あるいは、みんな白血病になるやら、これは私ども保証のかぎりではございません。もっかのところは、のん気にかまえています……」
誰だってカネが欲しいが、欲しいからといって何でも許されるわけではない、倫理というものがあるのだが、そうしたものはもうカケラすら失ったヤミの亡者に堕落した見本のようなもの。
マサカそんなことはないだろう、ほかにチャンとした考えあってのことだろう、国がやってるんだもん、と彼らをいまだ深くソンケーしている素朴でまったくの幻想だとも気がつかないようだが、そうした人々は人々は考え続けている。しかし考えてもみられよ、腐りきった政治屋どもがいかにカネに弱いクソどもかは最近ではメダマ閣僚のあいつぐ辞任によ〜く見られる通りである。何と未熟な、こんな連中が原発を再稼働させるのか、シンから腐りきっていてこうしたことは、この連中の氷山のほんの一角でしかない。
特にこうした連中だけでなく一般に人間はカネに弱い情けない生き物のようである。息子が通っていた公立の学校でも公金を押領したとかで捕まっていたが、すぐにばれるようなことをなぜするのか、何十万とかのわずかな金額でも目がくらんだようである、シャッキとしているように見える者が呪われたハナクソゼニで、そうしたものよりもずうと大事なものを簡単に売ってしまう、考えられないほどに愚かな弱い生き物でもある。
かくして金持ちが社会のすべてを支配する現代社会となったわけ、いろいろハコができてよいじゃないですか、その維持や建て替え費ですか、それはわかりませんが、また死の灰製造機ですな。地震津波ですか、住民の安全ですか、ま、そこは呑気に考えてます。


 死の灰製造機に明日はない
経済的に成り立たない、わざわざ高つく方法で生産することである。
経済的には死の灰製造機は成り立たない。カネは死の灰製造機を見捨てている。
上掲書で永井友昭氏は、
2012年9月12日(水)、関西電力の株価は482円という最安値を更新し、この日の終値は497円となった。東証の平均株価は前日より152円反発し8900円という中での出来事である。5年前、私が関電の株を購入したときは2850円ほどであった。それが今や5分の1以下ということだ。関電の株価は2011年の3・11直
後の3月14日でも2004円を付け、東電株がほぼ紙切れとなる中、1年後の2012年の3月12日でも1390円であった(6月27日の株主総会時点で922円)。それが7月初旬に大飯死の灰製造機が例の大反対を押し切って再稼動すると、ジリジリと値を下げ、8月に入ると600円台、9月には500円台となって終には最安値となったものである。8月27日には今期の中間配当見送りという事態に立ち至った。その後500〜600円台をウロウロしているが(2013年2月で800円台)、もうかつての株価は夢のまた夢である。
 これは一体どういうことか。要するに、原子力発電は市場から見放されてしまったということだ。原子力産業はもう終わっているのである。利権の亡者達だけがそこに縋ろうとしている。次に何かあれば、もうやり直しはきかないというのに。

死の灰製造機はマーケットからは見捨てられた。チェルノブイリ以降、フクシマでそれは確実な流れになったように思われる。人間というものは実際にそうした事故を目の当たりにでもしない限りはわからない愚かな生き物のようである。実際には目の当たりにしてもわからないさらに愚かな連中も多く、うしろの方で再稼働だススメススメゲンパツススメ、ゲンパツサンノオカゲデスと命令し続けている。フクシマの現場の最前線へ連れて行って致死量以上の作業現場で線量メーターが振り切れるまで視察されるといいだろう。まぁ死んでもわからないほどの亡者かも知れないが…
そうした狂科書はフクシマによって塗りつぶされたわけだが、株でも買って大損しようかという大金持ち様は一般にそうした狂信的政治屋ほどには愚かではないようである。
死の灰製造機は新しくなるほど、出力あたりの建設コストが上がる、今ではいくら上げても建設予定地の現地調査すらも難しい。原発と同じ時間が流れたがその間に液晶テレビなどいかに安くなり高品質になってきたか、そうした半導体技術などとは正反対に技術の大穴が次から次と新たに見えてきて、その安全対策費が膨大になってくるし、クリアできそうにもない技術の壁にぶつかる。ひとたび福島のような事故となれば、事故の経済的リスクは超巨額になる、10万年後までの死の灰の管理費はどれほどゼニがかかるのか計算すらした者もない。
まともな経済学者にトータルを計算してもらえば、安いです、などとは決して言えないし、建設稼働するなどを経済学的に正当化するのはまずムリである。
政治の国家財政による保護を外してバラマキ(大本営語では「地域振興費」)をやめれて純粋にマーケットメカニズムだけでは死の灰製造機にもうまったく勝ち目はない。純経済的には死の灰製造機がもうまったく成り立たないことはすでに確定しているとされる。シェールガスなどにはまったく勝ち目はない、産油国すらお手上げだから原発が勝てるわけがない。また再生可能エネルギーとかあり、これらは技術が進歩すればするほど日に日に安くなるが、死の灰製造機その逆で日に日に高くにしかならず、死の灰製造機はもう一昔も二昔もの時代遅れの役立たずものでしかない、行き詰まった、やったとしても何もよくない。要するに原発などはどうでもよいが、その先の核開発、核ミサイルや原潜、原子力空母などが欲しいのだが、それを密かに目指して憲法改悪も視野に入れながら億単位のバラマキ(隠れ軍事費か)とウソとイカサマとインチキとヤシと無責任と強権、受け入れ側での無関心と考え足りずのあなたまかせでしか成り立ちようがないというものである。世の人々の為にならぬヤミ連中の死の灰製造機事業では儲けることはできない、儲かるというのは税金で必要経費を補填してもらい、遠い将来までの経費や計算もできない事故などの損害費用などを省いての都合の良い計算によるものである。儲かるという結論ありきで「計算をした」ものである。
悪人に明日はない、思えばアタリマエのリクツである。儲けたければ少しは世のため人のためになる、将来性のある事業にされよ。カネがあっても悪徳会社の株などは買わぬがわれらの心得であろう、ワザワイはやがてはわが身にふりかかってくるのだから…

 死の灰製造機に明日はない
観光からも見放されているし30・90キロ圏の避難計画が立たないし死の灰製造機事故防災対策もない。住民たちには放射能の危険性の知識もないままである。ないないばかりである。
再稼働で地域の活性化などというその立地町の観光パンフなどにはまったく死の灰製造機には触れないし、ときたま若狭などの観光案内番組などがテレビなどでもやっているが、それはまず若狭死の灰製造機銀座の死の灰製造機にはふれない。まったく写したりはしない。もし触れると貧しかったが死の灰製造機様のお陰で豊かになった過去があるという時代がかった神話的宣伝もの、まるでフクシマがなかったかのような、本当に豊かになったのかの点検もない呑気なことである。ヤミは観光から見捨てられた。
安全のためにヨウ素剤を飲んでから観光して下さいの町に誰が訪れるであろう。舞鶴観光も高浜再稼働で終わりになってしまう。死の灰製造機はいずれも元々社会インフラが遅れた存続すらも怪しくなっている、道もない近代化からは大きく遅れてしまっていた「ヘキチ」に、ケチな地域振興費と引き替えに建てられたものであった。死の灰製造機しか生きる道もなさそうな場所に建てられている。しかし立地地域を明るく繁栄させるなどという目的はハナよりなく、ワーワー言われてイヤイヤやっているだけのものである、億単位のゼニがばらまかれた割には、原発で大繁栄の大宣伝の割には、どこかうら寂れていて今もやはりヘキチの、何かどこか暗いナの感を脱することなく、やってくる釣り人くらいで、そう多くの人が訪れる場所ではない。立地地域の発展などは口先だけで何も実際には根本的には考えてもなく見捨てているいるわけだから、そうなるのも当然といえば当然である。
そこからの30キロ圏、90キロ圏などには人口の多い所もある、まして大事故の場合には被害が及ぶ出あろう170キロ圏、250キロ圏などの何千万人住民の生存は完全に無視しないと稼働できない。
避難圏
5キロ圏はチョロッとだけ実際に避難訓練を行った、全員が訓練したのではない、チョロっとだけである、ヨウ素剤も配布した(あまりに狭い範囲のために「ペイント」では左の地図には書き込むこともできなかった)。しかし30キロ圏(中央の赤い範囲)などはまったく訓練などはしない。そんなことをすれば避難できないことがバレバレになる、たったの30キロ圏避難計画すらないままに、安全ですの大ウソで稼働するより手がないのである。どこが安全なのであろう、利権が安全ということでしかない。今はもう政治はここまで劣化しもはや政治などとは呼ばない方が正確で、ヤシと呼んだ方が正しいようなものに成り下がっている。
(↑地図はだいたいです。外から250キロ、170キロ、90キロ、30キロ圏。高浜死の灰製造機からの距離。フクイチ事故時に東電は自社の社員には90キロ以上は逃げろと指示していたといい、実際に逃げた社員もあったという。またアメリカは無人偵察機を飛ばして得た情報からか80キロ圏内の避難勧告を自国民に出している。内閣府原子力委員会が菅首相(当時)に提出し報告書によれば最悪の事態に発展した場合には、同原発から半径170キロ圏内で強制移住、同250キロ圏内で避難の必要があると指摘していた。)
ヤミのメディアはスポンサーの顔色を窺ったためかこれらも風評としたか一切報じなかったが、外国政府による日本への渡航制限、渡航禁止、あるいは当初は避難勧告、避難命令はいっぱいあった。だいたい80キロ〜120キロ以上あるいは東京以北からの待避を自国民に勧告し、避難させるためにチャーター機や軍用機の派遣を検討していた。これが死の灰製造機に事故に対してとるまともな政府のだいたいのお仕事であったが、どこかの情けない政府は情報を隠し10キロとか20キロとか30キロ避難とか言っていた。現政権やその取り巻きに至っては5キロ圏しか考えていないようである。ますますひどいヤミが日本を覆い尽くそうとしている。
しおり(平26.3発行)
私が住んでいる所は舞鶴市東部で高浜プルトニウム死の灰製造機からは直線10キロばかりである、避難訓練などは何もない、府と市が作ったという「原子力防災のしおり」←(平26.3発行)というパンフが配られただけである。ここにコピーして全国の皆様に見てもらいたいようなつまらぬものでフクシマの深刻な事態を少しでも知っているのであろうか、ヤシと呼ぶべきようなもので、何も役に立つようなことは書かれていない、もしもには「避難集結場所」に集まれということだが、人口の多い所のそれは多くは海や川のすぐそばで5メートルの津波にも耐えられまい。大事故が発生するのはそうした時と考えられるがその前提が何も考慮に入っていない、天気晴朗天下泰平の時を選んで事故が起きてくれるとでも思っているのであろうか。府市議員といってもチェック能力ゼロで気もつかないレベルの者ばかりだから、せめて「地震・津波はないと仮定しています。もし重なった場合はこのパンフは役にはたちません。その場合は市も府も国も税金は取りますが何もできませんから各自勝手に安全と思われる風上方向へ250キロ以上は避難すること」とか、「地方自治体にはそうした事態には対応できる力も気もありません」とか正直に書けばいいのにそれは書かずに、まかしときなさいという書き方でヤシを最前列で手助けをしている。そこからバスに乗って京都府の南の方へ避難するとか、そこだって90キロ圏だから安全はなく、関電社員すらが逃げるよう指示されている範囲内(たぶん)になり、琵琶湖が汚染され飲み水もなかろう。そうしたことには気も付いていないのだろう。
避難先
隅から隅まで読んでも実際に事故が起きればどうすればいいのか不明の、利権には大安全大安心ものである。これで高浜プルトニウム死の灰製造機を再稼働させるという魂胆である。かくして高浜死の灰製造機再稼働へむけての準備は隣接自治体ではできている。もう凍りそうであるが事実である。口先では再稼働反対といってはいるが、いざの時にはその旗は降ろされることになるカ〜ルイカ〜ルイ連中、本当にシンから仮に反対だとしても蚊帳の外に置かれると、大方は見ているのではなかろうか…。
再稼働というのは「安全が確認されたから」などとという大ウソで、マスコミはこればっかり放映するが何とか委員会とかの三文芝居の茶番劇である、本当は原発建設に投資した金を回収したいという理由によるものである。このまま廃炉になれば何千億もした設備投資がすべてゼロになり、その後始末にあと何千億かかるかわからない。これはかなわん、何とか稼働させて発電し電気を売って回収したいということである。公共の電波ならこちら側を写したらどうか。
どこのバカが投資したのか知らぬが、そいつらに損失はかぶってもらえばいいことである、腐るほどのカネを持ってるのだから、たまにはソンをするのも賢くなっていいだろう。国策商売に投資しても儲かるとは限らないのものである。
こんな連中が儲けるためにわれら周辺住民の安全はどうでもいいということである。

地方創生とかで、観光で地方を創り生かそうとするのが政府の口先だけであろうメダマ方針らしいが、死の灰製造機はそのメダマのジャマである。死の灰製造機のある所へは死の灰製造機下請けしか来ないだろう。ヤミはヤミしか呼ばない。
フクイチを観光化して修学旅行生を呼び込もうとかの計画もあるというが、海軍赤煉瓦倉庫で修学旅行生をの××市のような、ジョークなのか本気なのかわからないような、本気で戦争の歴史や死の灰製造機の歴史なりをしっかりと伝える気があるのならともかくも、それなら全世界の人々を呼び込めようが、そうした実力はあるはずもなく、ちょっと軽い思いつきで、珍しいでしょ、ちょっと行楽にいかがですかというような、ヤミの精神らしいもう吐きそうになってくる考えでは…。
フクイチの苦い経験は何も生かされなず風化していく、このままでは、まもなくフクイチは繰り返されることになる。大変な被害を受けるよう予約された立地地元民の多くも傍観者か無関心か、あるいは賛成かのように見え、反対派は多数派とは言いがたい…
死の灰製造機は過去も今も将来もこうしてヤミを深めながら続いていくのであろうか。
2014.11.16舞鶴市議選挙が行われるが、立候補者31名に事前のアンケート調査で福井県の原発再稼働について問うたところ、賛成が9、反対が6、その他無回答16であった(『京都新聞』11.14)。「その他無回答」には自公(系)も含まれていてハラは賛成と見るのがフツーか、反対は共4と無2であり、反対派全員が当選しても議会では少数派になり民意は最初から正確に議員数には反映されなく市民の期待にはまったく応えられるはずもない安全無視の超危険、ヒビってしまう議会となるよう運命づけられている。30キロも離れていない原発再稼働に対してすらこのザマの町であって、その他も推して知るべし、これから子育てをという若い人達には悲しいがおススメはできない町となっている。舞鶴市議さんたちよもううんざりだ、、もうかんべんしてくれよ。同アンケートは集団的自衛権についても問うているが、両者の精神は基本的に同じものなのでだいたい再稼働賛成派は戦争賛成派という構図である。核軍事大国やそれを目指そうという国が原発を手放さないのと同じである。
余命もないからガンになっても別によい、戦争で若者が死んでもよい、それよりもワシはゼニが欲しいという高齢亡者だけが分け前ももらえないのにそれを期待して待ち続けている滅びの町になってしまった。墓へゼニを持っていけ、そんなことより子や孫のことを考えよう、まともな人間なら。
全国どこでもだいたいはこうした恐ろしい勢力構図で、フクシマなどはもうなかったようなものになっている、タケヤリで敵の大機動部隊を撃退できると考えたどこぞの国の旧軍部のおどろくオソマツがリッパに見えてくる、その末裔どもと来たら、死の灰なんぞは素手で、屁で吹き飛ばせるとか考えているものばかりゴロゴロ、この国の知能は完璧に亡んでいるなー


過去を忘れては未来も忘れることになる。今も続いていて過去ではなく今だが、再度よ〜く確認を。
死の灰製造機絶対安全で〜すの大ウソが明らかになった日↓




海軍力なし空軍力なしのどこかの国が海を渡って攻めてくるの根拠薄弱の思い過ごし脅威論よりも、こちらの方がよほどに日本国の現実に存在する脅威である。しかし何も対応なく脅威に加勢しズルズルと脅威を強め続けているよう。
電力会社は許可証や同意書などはカネさえ出せばいくらでも手軽に手に入る、地球自然のヤミの巨大密漁集団で、簡単にはつかまらない、もう司法や警察などはもとより大学やメディアまでもその配下に組み込んで、原発安全・原発で地域も経済も大繁栄の虚像を大宣伝している。

(これは双葉町の横断幕↑、いまもあるようで、グーグルのストリート・ビューでも見ることができる。双葉郡双葉町長塚」。ここはフクイチから5キロもない地点である。ワタシの所は高浜より10キロばかりだから、舞鶴市は浪江町あたりにあたるか、そこも見ておいて下さい。浪江町権現堂」)
「再稼働で明るい未来」などと決して考えないよう再度よく見ておいて頂きたい。


久美浜原発阻止まで


 死の灰製造機計画は久美浜にヤミをもたらした

 関電は過去に久美浜(旭)、宮津(田井)、舞鶴(野原)でも死の灰製造機建設を計画したが、いずれも建設は出来なかった。彼らにどれほどその必要性と本気度があったかはわからないが、全国の津々浦々すべてに死の灰製造機を作ろうというものであるが、宮津・舞鶴はその極秘計画が共産党に暴露追究されただけでやめてしまったようだが、久美浜に絞ってしつこくねらっていたようである。
もし目論見通りに3箇所に建設されていれば、丹後は世界最大の死の灰製造機銀座となり、貧乏人が腰抜かすほどの大金の雨が降ってワレラのポケットにはそのゼニで一杯でウハウハであったかもしれない、あるいは丹後死の灰製造機で大事故が起きて日本は亡んでいたかも知れない。
旭港

久美浜死の灰製造機は120万kw死の灰製造機を6基建設するというから合計720万kw。当時では日本最大、現在でも日本一の柏崎刈羽死の灰製造機(新潟県・合計820万kw)に次ぎ、宮津田井に至っては日本最大の死の灰製造機サイト、舞鶴野原は不明だが、似た規模とすれば、丹後は日本一のものすごい死の灰製造機基地になるという計画であった。地震津波はもとよりもし事故があったらどうするか、などは何もハナから考えにないことがわかる、絶対安全の自己催眠である。自分で勝手に夢遊病にかかるのは勝手にやればよいがおつきあいは御免である。
Web上の共産党府議会報告によれば、さらにものすごい極秘計画があった。
関電社長室直轄で設置された「立地点調査プロジェクトチーム」が一府三県の117地点をリストアップし、さらに15地点にしぼって、地形地質調査を行い、それぞれの地点の評価を示したもの。報告書には表題にも「原子力発電所新設予定地」と明記され、さらに死の灰製造機にしかあり得ない「炉心」という記述もされていました。
関電はこの報告書を参考にして15地点から10地点を選定、さらに久美浜など調査決定済みの4地点と合わせ、当面14地点を原発予定地としています。その内わけは京都府の久美浜町、舞鶴市野原、宮津市田井のほか福井県3地点、兵庫県3地点、和歌山県5地点です。(記事は京都民報から)
死の灰製造機計画を「事実無根」としてきた関電に対しては、「立地計画がないのなら、調査経過を公表し、府民に対し将来にわたって計画放棄の宣言をするべき」だと述べました。
なお、計画されていた原発の規模は、久美浜は当面120万kw二基、将来は四基を加え最終的には6基720万kW、宮津については最終的に8基960万kWとする計画でした。
結果的に、この計画が公表されたため、舞鶴市野原、宮津市田井への建設計画は頓挫することになりました。

兵庫県の香住や浜坂。和歌山県は那智勝浦・古座・日高・日置川で、それだけも作ってドーすんのよ、誰がその電力を買ってくれるのの驚きの死の灰製造機建設大ラッシュ計画であった。
原発の予定された所
(見てくれ、この計画を。何を考えてけつかるのか、ムチャクチャである。反対で建設できなかったからよいようなものの、ヘキチに押しつけておけばよいでしかない、ヘキチ差別を絵に描いたような計画である。立地地元など何も考えていないことはこれを見ればバカでもよくわかろう。この地は今は米軍核超大国の大基地になってくかの分かれ道に立ったいる)
まだスリーマイルもチェルノブイリもフクシマもなかった、死の灰製造機は五重の安全装置がついていて、いかなる事態でも絶対に安全な夢の超ハイテク技術で、そのうえに立地地区にはウハウハと貧乏人がこれまで見たこともないほどの大金が舞い込み大繁栄をもたらす、こんなありがたい話はめったにない、とするアホゲな大宣伝を本気で信じる人もたくさんいたころである。
ホンマにそうなら消費地に作ればよいのである、送電ロスがなくなって料金はずっと安くなる、そうしないでこうした誰も住んでない所へわざわざ持って来て建てようとするのはそれが実は大変に危険なものだからである。

兵庫県では早く町議会が棚上げや反対請願を採決しているし、和歌山では反対派町長当選などとなって、計画はすべて断念されるに至っている。一般に保守王国とされる所がサッサッと反対を決めている。保守といっても古き良き時代のリベラルの強い地なのだろうか、反動に流れることなくしっかりしているのであろうか、こうしたまともな本来の文字通りの保守はヘンな改革派などよりはずっとよい。
それにしては意外にモタツキ感のある丹後というか、当時「革新の灯台」と言われた京都だが、その間にともかくも久美浜町は2004年に合併して京丹後市になり、京丹後市長が2006年2月調査申し入れ撤回表明、翌月関電が計画中止発表している。もし京丹後市になっていなければ、ひょっとすればまだ決着はついてないかも、と考える人もあるくらいに、ほかと比べると2、30年ほども遅れての中止決定であった。
それはそれなりの理由があるのであろうが、1975年には京都四条のシルクホールで初めて、全国反原発集会が行われた地であったが、革新といってもこの当時は原発に対しては甘い認識も一般的だったと思われるのである。言っては悪いかも知れないがほかの原発県などと比べると意識も文化も運動も進みすぎていて、その自称「進んだ文化」に奢り、自分たちの知識は本当に正しいものを持っているのかの謙虚な検証とベンキョーが不十分というよりほとんどしていなかったようにワタシには思える。原発反対と旗色きわめて鮮明な方というのこの当時はごくごく少なかったと記憶する。

私は久美浜青年団の子から初めてこの計画があることを聞いた記憶があるが、ナンとかするんとちゃうん、ナンといったって久美浜でないか、青年団は優秀だしウサワに聞く革新の町ではないか、久美浜に死の灰製造機なんか作れるワケがないだろう、と舞鶴人の一般の反応でなかろうか、久美浜は高浜や大飯よりも遠くで、近くの時限爆弾とは思えなかった、ワタシもそうであった。えらいことで今はこんな状況なんだといろいろ聞いたがゼーンブ忘れてしまって何も覚えていない、何ともええかげんなものであった。
その久美浜青年団も潰れてしまって、当時の資料類がワシとこにいっぱいあるんやが、どうしたもんだろうな、と悩んでいた。さがせばその中には当時の原発関係の資料もあるかも知れないな。
その後スリーマイルがあり、野原に死の灰製造機というウワサが出だした昭和57年くらいからはもう少し関心が強まったかと思うが、時代に流れ流れて次第に保守も革新もその精神は劣化し空洞化してきていたかと思われた時代であった。

現地では、1973(昭48)年頃より関電社員などが建設予定地に密かに入っており、それを見た現地(旭・蒲井地区)の人々の間で、何か怪しいぞのウワサが流れ始めたという。
翌年の町議会で議員が質問すると、町長は「関電より原発建設の調査請求が来ており、これを拒む理由がありません」と答えた。
当時の久美浜は伊根とともに革新と呼ばれた京都府の中でも飛び抜けた革新自治体であって、町長も革新であったので、久美浜では原発などは絶対にあり得ないと多くが考えていたと思われるのだが、油断大敵である、青天の霹靂で、久美浜は大騒ぎになったという。
より早くから動きに注意していた地元の反応は早かった。町長が上のように答えた次の日には蒲井地区は臨時地区総会を開き、「原発絶対反対、調査返上」を満場一致で決議、その意向を町長に申し入れた。漁協や隣接地区の反応も早く反対を決定した。全有権者の70%の原発反対の署名も集めた。
さすがに灯台だけの力がある。かに見えた。しかし原発受け入れを推進しているのが地元の革新町長、京都府の当時の蜷川知事ですら、1975(昭和50)・6・27の記者会見では「将来のエネルギーは原子力だと思っている、しかし、住民の安全が保障され、暮らしがよくなる条件でなければ認めない」と語っていた。原則推進OKということのように読める。ノーベル賞の湯川秀樹氏なども原発に対しては同じような考えだったと聞く、香住の青年たちが湯川博士を訪ねて、ボクラの村では今こんな問題でもめていますと教えを請うと、原爆などは絶対許せないが技術向上によって核も安全に使えるんだという(上掲書「香住原発阻止運動」)が本当なら何とも情けない、アベさんや関電さんやその盲従ドクソどもがオイオイ泣いて大喜びしそうなお言葉で、時代の制限を体現していた両氏であったことになる。
戦後日本の思想界をリードしてきたリベラル「知の巨人」、大巨人氏でもこうした考えをする人はある、いろいろ失敗はするけれどもそうすることによって人間は進歩していけるものなんだ、という考えである。しかし原発はそうした一般論では扱えまい、いろいろ失敗どころから一度でも大失敗すれば地球終了である、進歩も何ももう残されてはいない、残されるのは死の灰だけである。百メートルを9秒以下で走れ、と言われてもできない、人間には限界というものもある。努力すれば何でもできるという楽観的根性論は間違いである、危険なら引き返すという判断もできなければならない、原発がなくても十分に人類はやっていける以上は原発とは一体誰のためのものか、一体誰を豊かにするものなのか、関電さんを豊かにするたけでないのかを考えなければなるまい。
スリーマイルもチェルノブイリもまだ経験せず、死の灰製造機の本当の危険性は一部学者からは指摘はされてはいたが、実際にはまだ人類には未知未経験で、莫大なカネと同時にふりまいた甘い幻想が革新、平和の神様と拝まれた方々の中ですらも意外にも強かった。人間の力で何でも制御可能と思い上がり相手を甘く見ていた。フクシマを経験した今から振り返れば原発に対する態度が甘すぎたように思われる。もっとも現在を生きているどこかの町のええオッサンたちの大部分の考えよりはだいぶにしっかりはしてはいる、ここまでにすら及ばないのが今のどこかの町の人々であるが…
フクシマは老兵を打ち砕いた、老兵は基本的には過去の人で、新しい時代を切り開くには若い人たちの最前線の判断を大事にすべきものだと思う。こうした市民運動の最先端の感覚は良心的なノーベル賞大学者や大政治家以上のものがある、体制側に立って偉そうに「反対市民運動」などとさげすむような呼び方をするとバチがあたる、そう呼ぶドクズどもの百歩も千歩も、はるか先を行っている、かも知れない。いかなる権威にも納得しない彼らこそが歴史の最先端にいるのかも、今後は少しは敬意をもって接せられるのがよろしいのかも、歴史を推し進めたいと本気で願っているつもりならば。

大事な時に上がフラフラする中で下層の民意は直感的な動物的なカンとでもいうのか、しっかりしている。将来どうした天地異変が起こり、どうした想定外の事故を起こすか、などは未来のことであって、いかなる人間にも事前にはわかるわけがない、何が起きるか何が起きないかは神のみぞ知るものである、エエカゲンな姿勢を何度も見せられると深い不信がつのり、こんなモンが言うことが信じられるのかのカンはいよいよ強まる。
そうしたなかでノーベル賞以上のエライモンだというか、民意としては自分の村に死の灰製造機を建設するなど賛成であるはずはない、フツーの者なら反対である、美しい郷土に誇りを持っていて愛郷心が許さない、そんなによい物なら自分のトコにつくればよかろう、東京や大阪や京都に作ればよかろうが、そこには1機もない、わざわざこんなトコへ持って来ることがおかしい、カネに釣られて上のバカどもはフラフラしてけつかるが、これはおかしいに決まっている。ここには必要がないものだ、必要とする所へ作れ。
少なくとも最初は多くがしっかりしていた。ヤシどもが怖れるのはこの部分だけである、アトはどうにでもなる口先だけの連中だが、だまされ続けてきたこの部分はだましに賢くどうにもならない。またこうした素朴で根強い民意を無視して栄えるものはない、これもヤシどもでもよく心得ている。
しかしやり方はありますわいな、とまずは定石通りに、カネで釣れる部分を切り崩す、億単位の巨砲の実弾で一気に行ける、上のフラフラはこれで釣れる。下には調査協力金とかの名目で少額の実弾が入ってくる。こうやっていくと民意は割れてくる。使いみちのない荒地が大金になる、ええやんこれ、と半分以上が軽い気で思うようになる。カネや権力、オンナとやらは危険ドラッグ以上に危険なものでもある。うっかり手を出してもっともっととドップリ浸かると依存症になり、やがてはノーテンが犯されて発狂し廃人となる。

押しつ押されつ一進一退が30年にわたって続く。
途中にスリーマイル・チェルノブイリがあっても決着は付かなかった。これらの事故がかなり効いたようであるが決着までは行かなかった。外国の原発はヤバイが日本の原発は高い技術があるのでダイジョウビ。
フクシマがあっても決着がつかない現在の日本と同じである。フクシマはそうかも知れないが、ほかのはダイジョウビ。バカは死ななきゃ治らないとも言われる。放射能で死ぬのは悲惨のキワミだよ。ここに写真を引きたいがあまりのことにそれを躊躇したこの世の地獄である。

炉心予定地の山林330平方メートル(100坪)を反対派が購入した、神のお加護かも知れないが、こんなに重要な土地が破産財産として売りに出ていたという、これを反対派は見つけていち早く15万円で購入した。関電はこんな重要な購入予定地を監視していなかったのだろう、あまりのアホぶりに神に見放された。
勝負はついたと思われる。関電なら百億出しても買いたい所だろうが、それがこんなに安価で購入できた、勝利の女神が反対派にほほえんだのかも知れない。
それから6年後、京丹後市長によってトドメが刺された。
権力をバックにして豊富に用意された公金を使ってやっている推進派は別にどういうこともなかろう、歴史に長く汚名を残すだろうが、そんなことを気にする連中ではない。
子孫達に何を残すのが今を生きるわれの努めか、原発と死の灰かそれとも豊かな自然か。どちらを選択するべきは大アホでもわかる。
一銭のゼニにもならないのに30年にわたってがんばってこられた反対派の皆様には深く頭が下がる、深く敬意を表したい。ありがとうよくがんばってくれました。以下はその30年の記録(上掲書のコピー)

〔年表〕 久美浜原発阻止運動
  電力会社と行政の動き 反対運動
1975






1976






1977




1978


1979







1980


1981



1983

1984

1985



1986



1987







1989


1990


1991


1992


1993


1995

1996



1997




1998






1999




2000



2001




2003


2004

2006
・小谷町長、議会で関電からの立地調査要請を公表





・小谷町長、議会で「調査を認めることとした」と発言





・関電立地部、調査協力費・移転補償費等について説明
・町長選挙1、保守系井尻武当選、小谷町長敗北

・薄井地区で事前環境調査の現地説明会、反対の声なし

(スリーマイル事故発生)







・町、原発関連予算を初めて予算化(498・5万円)

・町長選挙2、推進の井尻武町長、反対の松本春美(共産)を破って再選




・蒲井地区の地質調査開始

・蒲井地区の地質調査終了
・井尻町長死去に伴う町長選挙3、片山茂(保守系)無投票当選

・町、地質調査の結果を公表。候補地の地質は堅硬で70点、合格
(チェルノブイリ事故発生)









・町長選挙4、推進の片山茂町長、反対の西村弘(共産)を破って再選




(関電美浜2号機ギロチン破断事故発生)


・関電、3000万円を久美浜町に寄付


・町長選挙5、無投票当選で片山茂三選




・町商工会、「立地推進」の請願提出



・町長選挙6、保守系新人の吉岡光義が原発反対の岡下宗男(共産)と安川利朗(保守)を破って当選。吉岡と岡下の票差は344票差








・吉岡町長、「タイ国電力視察ツアー」募集、これより翌年2月の実施まで大きな騒動となる






・町長選挙7、推進派の町長吉岡光義が反対の堤喜信(共産)を僅差(370票差)で破って再選





・京丹後市発足

・中山泰市長、関電に「事前環境調査の申し入れ」の撤回を要請
・関電、市に「原発計画中止」を回答
・薄井地区、臨時総会で「原発絶対反対」を決定
・府漁連、町へ「原発反対」を要請
・原発建設反対連絡会議、町議会へ「調査返上」の署名(有権者の73%)提出


・水戸口公園で原発反対の府民大集会、3500人
・議会の電源問題特別委員会、「反対請願」を否決、議会混乱
・議会、本会議で「反対請願」を否決、議会紛糾









・町議選1、定数26名で推進派16人当選、反対の共産5、社会2
・熊野地労協、「原発建設反対」請願署名(有権者の67%)提出
・原発反対町民大会、久美浜小学校体育館に1000人
・町議会、「反対請願」不採択




・湊漁協、「調査受け入れ」を決議



・町議選2、定数24名で推進派14人当選、反対の共産7、社会2










・議会で町長、推進派議員ともに「立地には慎重に」
・町議選3、定数20名で推進派12人当選、反対の共産7、社会1
・議会へ、「立地推進」と「立地反対」の請願提出。どちらも3度目





・議会、本会議で「反対請願」を否決、「推進請願」を可決

・町議選4、定数20名で無投票当選。推進派13人、反対7(共産5)






・町議選5、定数18名で無投票当選、推進派13人、反対5(共産5)

・熊野地労協・久美浜原発反対連絡会、「調査返上」の請願提出
・シリーズビラ「原発を考えよう!」発行開始

・反対連絡会、第1回総会 講演久米三四郎




・反対連絡会、第2回総会 講演岡田知弘
・「原発立地住民投票条例制定」の請願署名提出(約4500名)
・町議会、「推進請願」採択、「返上請願」・「投票条例請願」不採択
・町議選に向け「みどりの風久美浜」結成

・町議選6、定数18名、反対派7名当選(共産5、みどり1、保守1)

・反対連絡会、第3回総会 講演小林圭二

・「みどりの風久美浜」調査予定地域の土地を購入







・町議選7、定数18名、反対派7名当選(共産5、みどり1、保守1)、推進派沈黙

(参考)
原発やその関連施設建設にノーを下した所(上掲書よりコピー)



あとは大都市に建設するよりない。

 








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