丹後の地名プラス

そら知らなんだ

シンデレラ伝説
(そら知らなんだ ふるさと丹後 -28-)


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そら知らなんだ ふるさと丹後
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『丹後の地名』は、「FMまいづる」で月一回、「そら知らなんだ、ふるさと丹後」のタイトルで放送をしています。時間が限られていますし、公共の電波ですので、現行の公教育の歴史観の基本から外れることも、一般向けなので、あまり難しいことも取り上げるわけにもいきません。
放送ではじゅうぶんに取り上げきれなかったところを当HPなどで若干補足したいと思います。



シンデレラ姫の話を知らない人はなかろうが、子供の頃に聞いた童話として覚えておられるであろう。
この類型の物語は世界的に、超古くから分布していたようで、日本でも、少なくとも千年も昔くから知られていたようである。
当ページは、丹後版のシンデレラ物語を取り上げてみる。

シンデレラの語源=灰娘

OEDの精神を引くという英語辞書をひくと、
Cinderella
cinderの指小辞から、シンデレラ、姉妹に虐げられてかまどの灰かきをしていたが後に王子と結婚するおとぎ話の主人公;かくれた美人;下婢;のけもり;
cinder
金糞(=slag);(石炭などの)燃えがら;(pl)灰;
とある。-ellaがわからないが、恐らくラテン語由来の指小辞で、小さい物、転じて小女とか小娘の意味かと思われる。ellaの意味
エンリコ・マシアスが歌っている「Zingarellaジンガレッラ」(ジプシー娘)
フランス語なのかイタリア語なのか、わからないが、ここにもellaが見られる。
ジプシー(gypsy)は、一般にはヨーロッパで生活している移動型民族を呼ぶ英語名なのだが、日本ではそう呼んでいるが、差別語になるらしく、彼らの自称により「ロマ」とこのごろは呼ばれるようである。しかし地方によっていろいろあるようで、ドイツ語では「ツィゴイナー(Zigeuner)」、ツィゴイナー・バイゼンのZigeunerだが、この系統の言葉ではないかと思われる。
柳田国男は「シンドレラ」と呼んでいるが、何語なのかわからない(エスペラントかも)。

シンデレラ(英: Cinderella)は、仏語はサンドリヨン( Cendrillon)。和名は、灰かぶり姫あるいは、灰かぶり。あるいは灰坊、灰坊太郎などと呼ばれている。
毎日毎日の煮炊場の灰やスス、スミなどで顔も身体も被服も汚れた、汚らしい娘の意味である。継子イジメや魔法使いの助け、カボチャの馬車、ガラスの靴、魔法効果の期限とか加わり、一番汚い娘が王子様と結婚するという話だから、子供でなくともたまらない、面白くて一度聞けば忘れられない物語となる。

wikipediaによれば、
グリム兄弟によるアシェンプテル(Aschenputtel)(ドイツ語で「灰かぶり」を意味する) 、シャルル・ペローによるものが知られているが、より古い形態を残していると考れている作品としてジャンバッティスタ・バジーレの『ペンタメローネ(五日物語)』に採録されたチェネレントラ(Cenerentola)が挙げられる。日本の落窪物語や、中国にも唐代の小説「葉限」などの類話があるなど、古くから広い地域に伝わる民間伝承である。オペラ・バレエ・映画・アニメなど様々な二次作品が作られている。とある。

柳田国男は、
「フィンランドの学問」に
アンティ・アァルネの民間説話分類 始めてこの通報が世に出たのは、世界大戦の勃發に先だっこと四年、まだ此國が露西亞の支配に屬して居た頃のことである。是に最も多く働いたのは、今は故人になったアンティ・アァルネで、此人は別に謎々の比較研究なども世に公にして居るが、特に心力を傾けたのは昔話の研究であり、且つ其分類であって、北米インヂアナ大學のトムプソン教授が、彼の遺著を補修してF・F・Cで公表したものが、アァルネ・トムプソン分類目録として、今では略々世界的に採用せられて居る。一致した標目が立って居ないと、資料は出揃っでも比較をして見ることが出来ない。さうして又芬蘭人が辛苦して集積した資料でも、昔話以外のものはさう簡単に、すぐに國際比較の用に供するわけにも行かなかった。つまり昔話が格段に大規模の世界的研究を誘導する素質をもって居たのである。グリム兄弟が獨逸の昔話を探集して、始めて是を世に公にしたのが、やはりカレワラなどとほぼ同じ頃で、百年と少しの以前であった。それが次々に隣の國へ紹介せられるまでは、何人も斯うまで著しい類似と一致が、未開半開の諸民族にまでも、及んで居らうとは思はなかった。一國としては夙くから昔話を珍重して居た日本の如き國でも、我々の小児や老雄の口すさびにする色々のハナシが、ちゃんと百年前のグリムの本にも出て居ることは、此頃になる迄心づかなかったのである。英國ではロルフ・コックスといふ婦人が、世界のシンドレラ物語を三百餘種も集めて比較した書物を出したが、其中には極東のものは殆と出て居ない。グリム協會の類話大集成には、日本の例として御伽草子の「鉢かつぎ姫」をたゞ一つ出して居るだけだが、近頃わかったゞけでも北は奥羽の果から、西南九州の島々にかけて、その類話が既に數十あり、多くは粟福米福の名を以て知られて居り、時には又紅皿缺皿などの名にもなって居る。その他美人をうつぽ舟に入れて流す話、手無し娘に手が生えた話とか、藁と炭火と大豆とが川を渡った話とか、互ひに少しも知らずにちゃんと日本にも他の國々にも在る。どうして斯ういふ特色の多い昔話が、世界の全面を蔽ふまでに分布して居るのか。學んだか借りたか誰が運んだにか、是を説明し得る手がゝりもまだ見つからず、しかもこの一致を以て種族の親近を推断しようとすると、忽ちに世界は皆同胞となってしまふので、是には却って他の證據が附いて行けないのである。
 アァルネの世を去った頃から、昔話の世界的研究は又一段と盛んになって來たやうである。是には参加しない文明國は無いと言ってよい位だが、何れかといへば自國の資料を豊かに持って居る者が功を擧げ易く、現在の採集は北欧の久しく省みられなかった寒國に最も多く、殊にスカンヂナビヤの三國、バルト海岸の三國などは、共にF・F・Cの事業を支持して居るから、公平なる目から見て、今ではこの學間の一つの中心は茲にある。將來-此方法が擴張して、民間説話以外のあらゆる社會事相を包容するやうになったり、勿論重要性は大いに加はるであらうが、それにはまだ資料がよく整理せられず、諸國の採集もまだ昔話の程度には進んで居ない。

予備知識はこれくらいにして、丹後のシンデレラ物語を見てみよう。

灰娘


『丹後伊根町の民話』(1988。立石憲利)
灰娘
 お父さんが蛇に呑まれとった蛙を助けたんです。そのうちの娘さんが道に迷うたいうんか、山の奥の方に行ったところが、もう日は暮れて、ひこりひこりと灯が山の中に見えとって、灯が見えるので、あそこへないと行って、泊めてもらおう思って、そこを頼って行ったところが、そこの中には雨蛙が背中あぶりしとって、ああ、こりやあ雨蛙が背中あぶりしとるわ思ったけど、まあ訪ねてみよう思って、そこへ入って、
「一夜の宿を貸いてもらわれんか」
いうて訪ねたところが、そこの雨蛙が言うのには、
「ああ、泊まっておくれえ。わしはあんたのお父さんに助けられた蛙だ」いうて言うたらしいんですわ。
 ほれからまあ、そんなことかいうことで泊めてもろうて、
「どこかに宿があったら、わしはもう女中でもしたいんだ」
いう話をしたところが、
 「こっから下ぁ降りると、きっと旅館があるはずだで、そこへ行ってみい」
いうことで、ほえからあくる日の朝は、そこへ訪ねて行ったところが、ちょうどおさんどんに、風呂焚きにおってくれえ言われて、その宿屋に風呂焚きにおったんだそうですなあ。はしたところが、みんなきれえにしてお上女中はおいでるだけど、その娘さんは自分の着てきたきれえな着物は、かますの中へつっ込んどいて、悪い悪い着物を着て、顔はすすだらけになって、毎日一生懸命に風呂焚きをしとったそうですなあ。
 はしたところが、ある日のこと、その村に狂言があって、
 「きょうはみんな狂言見い行くだ」
いうて、そこの若い息子さんも出られるんだいうことで、おおわらわで、もうみんな連れきれえにこしらえて、女中さんらがみな出掛けられたんですわ。
 ほいたところが、そのあとで、そろそろと自分もかますの中から着物を出して、風呂い入って、きれえにこしらえて、狂言を見い行ったところが、ちょうどそこの若あ息子さんがきれえにこしらえて、花道へ出られるとこだったらしいですなあ。
 ほうしたところが、ちらっと両方から目が止まりようて、ほしてその日はすんだだけど、狂言から帰ってきたところが、もうその晩から床につかれて、その若い息子さんはもうちょっともよう起きならんようになってしまって、みんなで、「困った、困った」いうて、あっちの医者さん、こっちの医者さんに診てもらっても、それがなかなか治らんで、ほれから、こんなことしとってもしようがないし、まあ八卦見(はっけみ)に見てもらおうかいうことになって、八卦見に見てもらったところが、
 「これはもう、このうちにおる女中の中に誰か、この若い息子の目に止まったもんがおるけんだで、ほいで、それをわからすには、庭にうぐいすが梅の枝に止まるはずだで、そのうぐいすの止まった枝をば、この息子の枕元まで持ってきて、それがたたんとった人が、ここの若奥さんになるはずだ。その人が好きな人ださかい、それを、そうして試みてくれえ」いう八卦の言葉でした。
 「ほんならそうしよう」
いうことで、上女中から上女中から、きれえに、きれえにこしらえては枝折りに行くだけど、どうもみな逃げてしまあて、ちょっともうぐいすが止まってくれん。
 ほれから、もう残ったのは灰坊()一人になってしまって、大勢のもんが、 「なんぼうなんでも、あの灰坊じゃあなかろうが。どういうこったろう」いうて、みんないろいろうわさしとったところが、
「まあ、やっぱりお前も行ってくれんか。そうしてみてくれんか」
いうたところが、灰坊は、
「とてもとても、わしはそんなことは及びません」
いうて辞退しとったらしいだけど、
「いや、そうだない。やっぱりお前一人よりないで行ってみてくれえ」
いうことでした。
 灰坊が風呂を入って化粧したところが、どこにあった着物を着てきたか知らんが、きれえな、きれえな着物を着て、とても立派な娘さんになったそうですわ。そうてまあ、庭におりてうぐいすの止まった枝をぺしんと折るところが、ちょっともうぐいすは逃げなんだいうことですなあ。それを若い息子さんの枕元へ持って行ってしてもちょっとも逃げん。
 「ああ、これはやっぱり灰坊だった」
いうことになって、そこのうちの若奥さんになったいうこってす。
 ほいでまあ、これもお父さんが蛙を助けたので、蛙が恩返ししたいう話ですなあ。          (本庄宇治の杉本よしさんに聞く)

*注 灰坊=かまどの火焚きや 灰の片付けなど一番下の 仕事をする人。一般的に は男のことをいうが、この場合は女。


灰坊(丹後弁では、ひゃあぼう)

灰坊と「坊」となっているが、話の主人公は娘である。「灰坊」とあるが、実は灰娘=Cinderellaである。「灰」は丹後方言で「へわ」とも呼ぶ。

『丹後伊根の昔話』(昭47。府立総合資料館)(挿図も)
灰坊 (二)     泊 小西 まり子
 昔になあ、親一人。-親一人いうのが、お(とっ)つぁん一人と、-娘一人と()りゃあとったんだそうな。ほしたら、そのお父つぁんが、山から戻りになあ、田んぼの(あぜ)道で、大けな蛇が、蛙を()みかかっとる所にまあ出会うたんだそうな。ほたそれを、そのお爺さんいうんか、お父つぁんがなあ、
 「蛇やあ、そんな殺生なことをせんと、その蛙を(にが)ゃあちゃってくれえ。お前は、その蛙を逃ゃあちゃってくれたら、家の一人娘を嫁にやるわいや」いうてまあ言うたんだそうな。ほしたところが、-蛇みたえなもんに、人間の言うた言葉が通じたんか知らんけど、-その蛇が、蛙を、ぽとんと(はに)ゃあて、ほて、じりーり、じりり、後退(あとずさ)りして、まあ蛇が逃げたいうんだな。ほで、そのお父つぁんはもう、こりゃまあ、(わり)いこと言うた思って、こりゃまあ、ひょっとしたら、あの蛇は、(わし)の言うたことをば、ほんまにとってあの蛙を助けたんか(わか)らん思って。こりゃあまあ、()んで娘にどう言うたら()えだろうなあ思って、お爺さんはもう取り返しのつかん事をば、言うてしまった思って、もう愁嘆(しゅうたん)してまあ家へ去んだんだ。
ほしたところが、まあ娘がなあ、親の顔色が酷悪(ひどわり)いさきゃあ、「お父つぁん、一体、顔色が悪いがどうしたんだ」言うてまあ問うたんだそうな。「いや、どうもしゃあせんなあ。隠すに隠されんで、お(みゃあ)に正直なことを話すけど。今山から戻りになあ、あそこの畦道で、大けな蛇が蛙を呑みかかっとったで、ほで、その蛙を、あんまり可哀想だったさきゃあに、『(はに)ゃあちゃってくれえ。家の一人娘を嫁にやる』言うて、世迷言(よみゃぁごと)に言うたところが、その蛇が、ほんまにその蛙を(はに)ゃあてだな、ほて、逃げたいうんだ。ほいでまあ、ひょっとしたら、あの蛇は、ほんまにお(みゃぁ)を嫁に欲しい思っとるか分らんで。ほでもう、取り返しのつかん、お前に申し訳の()ゃあことを言うてしまった思ってなあ。それが()んなって、苦んなって、仕様(しよ)()ゃあだ」言うて、まあ(はな)ぇたんだそうな。ほた、その娘がなあ、「お父つぁん、そんなことをば気にしてくれな。(わし)はほんなら、その蛇の(とけ)へ嫁に行く」言うて、「嫁に行くさきゃあに、その代り、何にも嫁入りの道具は拵えてもらわえでも()えで、長持ちにいっぴゃあ、桐の木の枕を拵えてくれ」いうてまあ言うたんだそうな。「ほお、お前はほんなら、蛇の所へ嫁に行ってくれるか」言うて、「ほうおう、ほんならもう、すまんすまん」言うてなあ、親が。ほでまあ、男の親でも嫁入り衣装も拵えてやって、ほて、娘の注文の枕も、長持ちにいっぴゃあ拵えてやったんだそうな。ほて、その蛇からのまあ約束の日が決まっとってなあ。ほて、その約束の日にまあ、蛇が(むき)ゃあに来て、ほして、どこまでだ知らんけど親がまあ、その長持ちをば持って送っちゃっただげなけど、そだけ、その蛇が、「もう、こっから吾が一人で持って行くさきゃあ、お父つぁん、お前は()んなれ」言うてまあ、去なしたんだそうな。ほんで、蛇がもう、それこそもう、知らん所の山のど奥のど奥の何とも知れん所へ、行ったことも見たことも()ゃあような所へ、連れて行ってくれてなあ。蛇の後へまあついて行ったんだそうな。ほたところが、大きな湖があって、ほて、「これが吾の住居(すまい)だで、吾から先い入るさきゃあに、お前、吾に続いて、こん中ゃあ()ぇってくれ」いうてまあ蛇が言うんだそうな。ほったら、「ほんなら、あんたの言うとおりに、この、あんたの家へ()ゃあるけど。吾の持て来た、この嫁入り道具に親からしてもらったこれをなあ、全部沈めてくれ」言うて、「ほんで、これを全部沈めてもらったら、吾も入ゃあるさきゃあに」言うて、まあ、大きな長持ちの枕を、だーと、その湖ん中ゃあ移いたんだそうな。ほた蛇は、「よーし、ほんなら沈めるさきゃあに。これが沈んだら本真(ほんま)()ゃって来いよ」言うて、まあもう、あっちなん沈め、こっちなん沈め。沈めた思やまた浮き、また浮きでなあ、とうとうその蛇がもう、よう沈みゃありゃあで、くたばってしまって、まあ蛇は死んでしまったんだそうな。で、今度その娘はなあ、蛇の所へ嫁に来たけど、蛇はとうとう死んでしまって、吾は蛇の嫁になりゃあでも良かったけど、さて、これからこの先吾はどうしていったら良えんだろう思って。ほして、こんな知らん山のど奥でなあ、それこそ、西も東も分らん所で、困ったなあ、困ったなあ思いもって、まあ途方にくれもって、来た道を、ちいたてまあ、去んだんだそうな。
 ほたところが、まあ日も暮れたりして。ほしたら、ぼやっとしたぼやけたような明りが、(あた)りに見えるんだそうな、一軒。あー、あそこに明りが見えるさきゃあ、あの()の所い行って泊めてもらおう思って。ほて、そこへ、「泊めとくれんか」言うてまあ頼みい行ったんだそうな。ほしたところが、そこに、お婆さんが一人おってなあ、(きった)()な、くそ(ぎゃある)みてやな色をしたお婆さんだったそうな。ほいた、そのお婆さんになあ、「お婆さん。私はなあ、もう道が分らんし、日が暮れたし、()ぬる所もどこへ去んで()えか分らんし、どうも困っとるで。ここに泊めとくれんか」言うたら、ほたら、「お(みゃあ)一体(いてゃあ)何処(どこ)から来なった」言うて、聞かれて、「実はこうこうで、その蛇の所へ、こういう訳で嫁に来たんだけど、こういうことになって、こうだ」いう、まあ一部始終を、そのお婆さんに(はに)ゃあたんだな。ほたところが、そのお婆さんがなあ、助けた蛙だってなあ。ほで、「そうか。そりなら、吾はお前のお父つぁんに助けてもらった蛙だ」言うて。ほんで、「そうなら、お前のお父つぁんのお陰で吾はこうしとられるんだで、そうなら、何にも()(もん)もご馳走(つっお)も出来んけど、良かったら泊まってくれ」言うてもらってなあ。ほいてまあ、その蛙の婆さが何だ知らんけど、拵えて食わせたそうな。-何だ知らんけえ聞いたけど、もう忘れたけど。-ほして、夜が明けてから、「そうなら、お前も、その蛇の(とけ)へ嫁に行く言うて家を出たんだし、もう、こんな所におって、家へもそう()ねみゃあで。ほださきゃあ、吾が奉公口(ほうこぐち)を聞いちゃる」言うて、その蛙の()さが。ほでそういうて言うもんだで、「お婆さん、頼む世話にしてくれ。()奉公(ほうこ)先を聞いてくれ」言うて、まあ、そのお婆さんに頼んで。ほいたところが、大きな、それこそ長者があってなあ、「そこの女子衆(おなごしゅう)に使ってもらっちゃる」言うて、そこへまあ世話してもらったんだそうな。ほたところが、そこには大勢男子衆(おおせ゜おとこしゅう)や女子衆や大勢奉公人(ほうこにん)のおる、大けな長者だって。ほてまあ、そこに女子衆に置いてもらうことになったんだ。
 なってまあ、よう仕事もするし、真面目によう働くし、「()え子に来てもらった」言うて、まあそこの人に皆に喜んでもらったんだけんなあ。どうでだ知らんけど、その子が、風呂()きもさせられたり、どんなこともまあ、させられとるんだけど、必ず、(ひゃあ)ひわ(ゝゝ)(鍋についた墨のこと)をば顔の方に付けるんだそうな。「まあ、この子は。こにい美しい子だけど、(なん)で仕事しもってこんだけ顔の方を(よご)すんだろう」言うて。ほいて、そこの朋輩(ほうひゃあ)の人やら、そこの(みんな)、旦那さんやおかみさんやらが、「もう、この子は、お前等(みゃあらあ)や、今日から灰坊(ひゃうぼう)いう名前に付けちゃろう」言うて。ほいて、「灰坊(ひゃあぼう)灰坊」言うて、まあ皆から呼んでもらっとったんだそうな。ほして、「灰坊や、灰坊や言うて、まあ皆から言われて、「はいはい、はいはい」言うてもう、誰にもかれにも、愛くるし物も言うて、その、もう、ほんまに人の目に止まるぐりゃあ、よう働く良え子だってなあ。ほして、あのことだあな、晩げになって、仕事がすむちゅうと、風呂へ入っては、顔の方の(はえ)ひわ(ゝゝ)を皆落とえて、綺麗(きれえ)な良え女子(にょぼ)んなってなあ。ほて、仕舞(しま)って風呂からあがるちゅうと、その、嫁に行く時に親がしちゃった着物があるで、綺麗(きれえ)な、綺麗(きれえげ)気なその着物に着替えてなあ、ほして、本読んだり、(つづく)(もん)したりしちゃあまあおるんだそうな。ほから、そこの若旦那さんがなあ、何時(いつつ)もこう、仕事使()仕舞(しま)った(あと)で、ずうーと家ん中をば、一通(ひととおり)りまあ見て回るんだそうな。で、どの部屋も、どの部屋も、どの女子衆の部屋も、どの男子衆の部屋も、まあずーと見て歩くところが、その灰坊の部屋あ行ったらなあ、もう、昼()(ひゃあ)ひわ(ゝゝ)をいっぴゃあ付けて、(きた)ならし()な顔つきしとる灰坊がなあ、もう、すってんばってん変った別嬪になって、綺麗(きれえ)な着物着て。そやって、繕り物したり、本読んだりしとるんだそうな。ほて、毎晩(みゃあばん)げ回ってみても、行く(たんび)に、そうやってちゃんとして。(ほか)子等(こいらあ)は、まあ仕事着は着替えとるか知らんけど、そう目に立つようなことは()ゃあけど、灰坊だけはもう人目を引いて、しゃんとしとるんだげな。まあ、この灰坊は、なっちした良え子だろうと思ってなあ、ほで、そこの若旦那さんが、もう灰坊が好きになったんだそうな。ほだけど、どうもそこの女子衆だし、昼間は、灰坊のあの汚な気な顔つきしたんだし、あれが好きだとも言われず、あの子が嫁に欲しいとも言われずしてなあ、まあ辛抱しとったんだげなけど。とうとうその辛抱したのが毒んなって、病気になったんだそうな、そこの若旦那さんが。ほいて、まあ若旦那さんが病気になったいうもんで、ほいで、あそこの医者に()てもらおうか、ここの医者に診てもらおうか思って、あちこち医者に診てもらうだげなけど、どこのお医者さんが診ても、よう(なお)さんのだそうな。で、「困ったなあ、困ったなあ。大事(でやあじ)の若旦那さんが病気になって、どうするじゃろう」言うて、もう、皆連(みんなづ)れそこの人(らあ)が、困っとんなったんだ。ほたところが、ある人が、「宮津の方まで行きしゃあなあ、良えお医者さんがあるそうな」言うて、「そこのお医者に一遍()てもらったらどうだ」言うて。ほして、「ほんならそこへ、そんな、こびこび(ケチケチ)しとられん。(なん)ぼ高かろうや、どうだろうや、良えお医者さんに診てもらわなどむならん」言うて。ほして、そのお医者さんを頼んで来て、まあ診てもらったんだそうな。ほしたら、そのお医者さんが言うには、「この人は何処(どおっこ)五体(ごてゃあ)は悪()ゃあ。これはもう恋病(こいやまえ)だ」いうてまあ言うただそうな。ほて、「どおえ、恋病だ言うて、此家(これ)に、この若旦那さんの好きになるような人がおるんだろうか」言うて、「誰が一体(いってゃあ)、恋(わずり)ゃあするような、好きなんが(うち)におるだろうなあ」言うて。ほんで、「そういうことならもう、いっそうのこと、この家の中の(もん)に違ゃあ無ゃあで、一遍皆家(みーんなあうち)の女子衆になあ、この若旦那の(とけ)へ見舞ゃあに行ってもらうんにしょう」言うて、そういうまあ相談ができて、旦那さんやおかみさんの中で。
 ほて、ある日まあ旦那さんやおかみさんが、(みーんな)、そこの奉公人心女子衆ごろを集めてなあ、「お前等(みゃあら)、今日はなあ、(みーんな)風呂浴びて、体を綺麗にしてなあ、ほいて、若旦那さんの(とけ)ヘー人一人その、見舞(みみ)ゃあに行っちゃってくれんか」言うてまあ、頼んだんだそうな。ほいでなあ、「見舞ゃあに持って行く物も、ちゃんと用意しとるし。ほいでともかく、お前等が一人一人、見舞ゃあに行っちゃってくれ」言うてな。ほいて、そういうて頼まれて、「へえ、承知しました」言うて、皆が、まあ、それぞれになあ、風呂へ入って。「灰坊。お前は(きた)にゃあさきゃあ、一番(あと)()れよ」いうてなあ、言われて、「一番仕舞(しみ)ゃあ風呂にお前は()ってくれよ」いうて言われて、「へえ。一番仕舞ゃあ風呂もらいます」言うてまあ灰坊はなあ、一番仕舞ゃあに風呂入れてもらって。ほしてまあ、そこの女子衆が一人一人、ちゃんと、常の仕事着だなしに、小じんまりとした着物に着替えてなあ、旦那さん(とこ)見舞(みみ)ゃあに行ったんだそうな。「旦那さん、ご機嫌はいかがです」言うてまあ、皆同(みんなおんな)しことを言うてなあ、一人一人まあ見舞ゃあに行っただげな。ほだけど、若且那さんはもう、蒲団ごぼっと(かぶ)って、見向きもせんだげな。ほいて、「ほら、今度お前の番だ。ほら次はお松つぁん、お前の番だ。ほら。そん次はお竹さんだ」言うてなあ、もう、皆連れで行くだげなけど、誰が行っても、蒲団被って、顔出さんだげな。ほれから、「ほりゃお前等、もう皆、旦那さんの見舞ゃあに行ったかえ。どうだえ」いうてまあ言うたとこが、「(まんだ)灰坊が行かんと残っとる」言うてまあ一人の人が言うだげな。「そらそら灰坊、お前も早う見舞ゃあに行かなどむならん」言うて、ほてまあ矢の使ゃあもらって。灰坊はなあ、ちゃんと拵えよう思ったら、風呂も一番遅かったし、へえから、嫁に来た時の()え着物着ようと思ったら、衣装付けにも暇がいってなあ。ほてまあ、一番後から灰坊が見舞ゃあに行っただげな。ほったら、その灰坊の、見舞ゃあに行くまでのその灰坊を(ほか)の女子衆が見てなあ、「ひやー、お前等、こりゃ今日の灰坊(はえぼう)はどうだいや、これは」言うて、「まー、この灰坊は常の灰坊とは、こりゃ人間が違っとらせんか」言うほど、まあ灰坊が素晴しい美人の()女子(にょぼ)んなってなあ。ほてもう、良え着物着て、しなりしなりとしてまあ、その旦那さんの部屋へ見舞ゃあに行くだげな。
 もう、皆があっけにとられとったん。ほからまあ灰坊が、旦那さんの部屋へ()ゃってなあ。まあ、ちゃんと、それこそもう(つつま)しやかに手ついて、「旦那さん、ご機嫌はいかがです」いうてまあ言うたんだそうな。ほたところが他の人にはもう、ひっとつも蒲団を(まく)らんと顔隠いとったんがなあ、そう言うて、まあ灰坊が言うといて、他の人と同しように下がろうしたら、蒲団をぱっとこうはねてなあ、顔()ゃあて、ほやっと笑うんだそうな。「ありゃ!お前等(おみゃあら)、若旦那さんが、笑ったわいやあ」言うてまあ、ほかの人が見とって言うだげな。ほんでまあ灰坊が、「お大事にして下さい」言うて、ほして、下がろうしたらなあ、寝とった旦那さんが、灰坊の着物の裾を、ぴっとこう引っ張るんだそうな。ほいたところが、そこの旦那さんやおかみさんが、「はーお前等、こりゃもう、この若旦那の恋病は、この灰坊だったんだ」言うてなあ、「灰坊が好きだったんだ。へえで、今日の病気が(なお)らなんだんだ」言うて、「そうならもう、この灰坊を嫁にしょう」言うて、「さあさあさあさあ、もう善は急げだ」言うて。ほて、その、灰坊と祝言さしょういうことんなって。ほで、そのまあ灰坊が、-灰坊、灰坊言われとった人が、-そこの若旦那さんと、晴れて式を挙げたんだなあ。
 ほでまあ式を挙げて、もう、めでたしめでたしで、喜んで喜んでまあ、「旦那さんの病気も治ったし、もうこれで言うことは無ゃあ」言うて喜んでもらって。「そうなら、こんな目出度ゃあことは()ゃあし、お前の生まれた所はどこだ」いうことになって、「生まれた所は、伊根町の泊だ」言うて。ほで、「そうなら、そこの泊い里帰(さとぎゃあ)りに今日は行こう」言うてなあ。ほで、その里帰りに行こう言うた日が、ちょうどその、蛇の所へ嫁に行ってから、まあ一年()ったんだそうな。一年経った日だってなあ、まあ、別に日日(ひにち)を繰って行った訳では無ゃあんだけど、親元へ「里帰りに行こう」言うて行ったところが、親元では、今日はなあ、娘が、蛇の所へ嫁に行ったのを、その娘が死んだ日にしてだな、ほいて、「娘の周期(むかわり)の命日だ」言うて、親が言うとる所へ、里帰りに行ってなあ。で、もう、それこそ親はもう、()り豆が生えたように言うて、喜んだいう昔話です。


灰坊 (一)   立石 増井 よ し

昔ある所に まあ田舎に住んでおる、優しい優しい娘さんがあったんです。その娘がまあ、どうかして、こんな(とこ)にばっかりおってもどもならんし、何処(どっ)か奉公でもして、町の方でも行って、暮しがしてみてゃあいうような気持で。ほんでまあ、お母さんやお父さんには、「ちいと()塩踏(しおふみ)(厳しい所に女中見習に行って修業すること)い出るで、まあ、ちいと()暇をくれんか」いうて、ほいてまあ言うんだそうですわ。ほんで親も、「お(みゃあ)がそういう気持なら、出そうか」言うてなあ貴方(あんた)、へて、まあ行かせるんですわ。ほところが、親のある子だもんだで、いろいろと着物もあれとこれというようにしてまあ、着物も持たして、風呂敷に包んで、ほしてまあ、行かすんですわな。
 ほしたら、一人行くんだで、何処(どっこ)へどう行ったら()えだ分らんけ、まあ道ぐりゃあは知っとったもんだか、まあとにかく一人行ったんです。ほって、まあ峠へさしかかって、子供のことだでまあ、日が暮れたんも分らずに、一生懸命(けんめえ)歩いてまあ行ったんです。ほっともう、日は暮れるし、こら困ったこったなあ。こっからどうしたら良かろうなあ思って、ほてまあ、すたすたと歩いて行くところが、草屋(くさや)のむさ苦しーい、小屋が一軒あって、その小屋に誰かこう、人がおるのか煙が立つなあ思って、ほしてそこへ、ちょっとまあ寄って。ほいてしたら、お婆さんが一人おって、「お婆さん、お婆さん。(わし)は、この先の町場(まちば)の方へ、行きてゃあ思って来たんだけえど、日が暮れて、とても行かれんように思うが、どうだろう。行かれる時間があるだろうか」言うてまあ、そのお婆さんに問うところがな、お婆さんは、「あ-あ、そら、貴方(あんた)が一人で行くには、ちょっと時間が()ゃあし無理だで、今夜は(うち)に泊まんなれ」言うてな。ほてまあ、そのお婆さんは親切に言うてくれるもんだで、「そうか。ほんならお婆さん、すまんけど一夜(ひとよ)さ宿貸しとくれえな」言うて、へてまあその(うち)い、()って、ほてまあ泊めてもらったんです。ところがまあ、そのお婆さんは親切にな、いろいろと、「あの、町いうてもどこの町い行くんだか知らんけども、この先には、大けな峠もあって、その峠には、追いはぎやなあ、へえから、追いはぎのほかに何だ、も一つ、(こわ)ゃあもんがおるで。ほえで、一人では、夜さりはどむならんで、まあ今夜は家に泊まって、婆やがまた、その(さっき)の方までなっと送ったげるさぎゃあ。今夜は家に泊まんなれ」()てまあ、「(きた)()な蒲団でも、洗濯はしちゃるで、(きたね)ゃあこた()ゃあだで」言うて、ほいてまあ泊めてもらったんですわ。ほったところが、まあ、泊まって夜が明けて、ぼつぼつ明なったら、その婆やが起こすんですって。「おう、もうはや起ぎてなあ、早う行かんと、また晩げになると、どむならんけども、お前は、そんな椅麗(きれえ)な着物を着ておんなるけど、この先には追いはぎがおって、そんな、お前みてゃあな可愛気(かわやあげ)な子供が、綺麗な着物着て通ったりすりゃ、 どんな目に会う分らへん。その着物も皆取られてしまうんだで、婆やが、普段着だけえど、この着物を貸したげるさきゃあ、これを着て、ほてもうこれは、あのうことだ、肌身離さず何時(いっつ)も着とんなれ。そうししゃあしゃあ、その(こわ)ゃあもんにも、引っ掛からへん」言うてな。ほしてまあ親切にその着物を出してくれてな、朝(あさま)。へて、「あんたは、可愛い顔しとるけども、そんな綺麗な顔しとっては、その、(あぶね)ゃあさきゃあ、ほいで、へわ(ゝゝ)(灰とか鍋墨)をつけてな、婆やの(くど)へわ(ゝゝ)を顔につけて、へて、その、『名前(なみゃあ)は、どういう名前だ』言われても、『(わし)は灰坊です』。灰坊いう名に付けてな、自分も灰坊だ灰坊だ思って、へてまあ、そうやって行け」言うて、教えてくれるんです。ほんでまあ、「その汚ゃあ着物を着て、へて、そんな綺麗な風呂敷は、ちゃんと下の方へしまっときなれ。婆やが汚ゃあ風呂敷を出したげるさぎゃあ、大けな風呂敷で、ぐっとこう背中に負うて、へて行け」言うてな、まあ風呂敷も出してくれるんですわな。ほでまあ、「気の毒ななあ。おおきに、おおきに」言うて、その、風呂敷も出してもらって、へて自分の持物(もちもん)を風呂敷い入れてな、ほてまあ、その峠を越すんですわ。
 ほうとまあ、ほんまに、(だあれ)も出てけえへんし、(こわ)ゃあもんにも会わなんだ思って。へてまあ、どこの町か知らんけども、先の方い行って、町の方い行ったんですわ。ほいてまあ、どこの()へ問おうか、ここの家へ行こうか思って、うろうろしもってするところが、まあ一軒大けな家がありましてなあ。まあここへなっと世話になろうかなあと思って、へてまあ、その(いえ)()ぇって、ほいて頼んだんですん。ほしたら、「ああそうか。お(みゃあ)は女中奉公に()ぇって、なんでも、どんなことでもしてくれるか」言うてな、問うもんだで、その()のが。「どんなことでもさしてもりゃあますさきやあで、置いてくれ」言うてな、頼むんですわな。ほすと、「まあほんならあのうことだ、足洗って、まあとにかく、ご主人に()うて、ほて話せえ」言うて。ほてまあ、そこの家のおかみさんになあ、「どんなことでも、さしてもらうさぎゃあ」言うて頼んだんですわ。「へたら、まあほんなら、(しも)女中で、ご飯炊きでも何でもだん()ゃあ、してくれるか」言うもんだでな、「どんなこっても、さしてもりゃあます」言うて。へてまあ、ご飯炊きに、雇うてもらってな。ほいてまあ、毎日(みゃあにち)一生懸命(けんめえ)で、「こうせえ」言いなりゃ「へえ」、「ああせえ」言いなりや「へえ」言うて、言いなるとおりに(はたり)ゃあておったんですわな。ほんからまあ、へだけえども、お母さんに言われたように、「その、晩げ仕事が全部(ぜえんぶ)すんだら、自分が、しょうと思うことを、お針でも一針(ひとはり)も、しょう思や、針と糸とも入れとくし」言うてな、ほいてその、親が持たしとるんですわ。ほいでまあ、(ふくろび)みてゃあな物は、自分が縫って、へてまあ、毎日(みゃあにち)仕事を一生懸命でしとったんです。ほてまあ一年()ち二年経ちするとなあ、その家の、まあ(なな)きゃあ分って、よう()に合うようになってな。これなら、この子は、結構おさんどん(ゝゝゝゝゝ)で間に合ういうことで、ほいてまあ、毎日暮(みゃあにくり)ゃあとったんですわ。ほいたら、その家にまあ、男の子さんが一人あってな。その、大きな家ですさぎゃあで、ほいで、夜番(やばん)の、夜さりの火の警戒(けえきゃあ)いうものはな、せんならんで、ほで、主人が回ったり、ほから息子さんが回ったり、ずう-と、部屋中をば、回っちゃあ歩いたそうですわ。ほと何かの拍子に、その灰坊(はえぼう)の部屋には、何時(いっつ)(あかり)がついとるんですわなあ。これまあ、この子は、確か灰坊の部屋だが、何しとるんだろう思って、戸の隙間から、そ-と見たら、綺麗(きれえ)な着物を着てなあ、へて貴方(あんた)、お針もしたり、へから横には、どんな本読んどんだ、そんな本まで分らんけども、本も広げて見たりしとるんを、ちらっとその息子さんが見たんですわな。ほいたらもう、昼とはすってん変ってな、立派にしとるで。
 へて、その子さんが、ぶらりとまあ、気分が悪てなあ。へて、あっちのお医者、こっちのお医者いうて、お医者にいろいろとかかるんですけど、なかなか()え芽が見えんのですんだなあ。ほえからまあ、困ったことだまあ、何年か経ったがなあ思って、親も心配(しんぴゃあ)しい、皆心配しとるけど、どうも、良え芽が見えんし。へたら、親類のお婆さんだか知りまへんけどなあ、「まあ、こういうぷらり(やまゃあ)は、易者にみてもらったらどうだろう」言う話が出ましてなあ、「そうか。ほんなら、易者に見てもらおうか」言うて、ほてまあ、易者に見てもらったところが、「これは医者では治らんで。医者や薬やなんぼしても治らんで。ほんで、一つの、なにがあるさきゃあ、それしてみなったらどうだろう」いうて言うもんだで、「どんな良えことがあるんだ。まあ聞かしてくれ」言うてするところが、その易者が言うにはな、「ちょうど、これのは(さえわ)ぇ、大けなお庭で、大けな梅の木があってな。
 ほてまあ、春んなると花が咲くし、まあ大きな梅の木だそうですな.ーほいで、大勢女中もおるんだで、ほいで、女中に、あのうことだ、綺麗にお風呂い入れて、ちゃんとして、ほってその、梅の木に、鶯が春んなると来るで、ほで、梅の木をこう手折(たお)って、鶯の止まったなありをその、手折って、へて、その悪い息子さんの前へ、ちゃんと据えて、それで鶯が立たんとおるようなんだったら、嫁にもらえ」。いうてなあ、言うんだそうですわ。「困った話だなあ。そんな、生きった鶯が、ほんなもん、手折って、枝に止まっとるはずが()ゃあし、困ったこったなあ」言うけえど、ほでも易者の言うこったはきゃやあ、「まあ、とにかくしてみようか」言うことになってな。ほいてまあ、ある日に、ちゃんと朝()からお風呂を()ゃあて、へてまあ、風呂い入れて、(かみ)女中からずうーとまあ、そうしてな。へて、鶯の来るんを考えとって、へてまあ、折るんですわ。ほて、折ろうするとは、鶯がぱぁーと立ってしまう。ほんなもう、「全部すんで、もう女中さんいう女中さんは皆済んだのに、あかなんだ」()てな、「やっぱり、あかんのだなあ」言うて、皆言うとったんですわ。ほしたら、まあ、一人の女中がな、「も一人あるでえ。灰坊(はうぼう)いう名にして、自分も住み込んどるもんだで、で、灰坊も、あれも女子(おなご)の子だはきゃあ、ほいで、あの子にもさしてみたらどうだろう」言うてしたらな。人は、「そんな者あかへんで。皆上女中さんでもあかんのにな、あんな灰坊やなんきゃあ、あかへん」言うて、皆が寄せんのだそうですわ。ほいたら、そこのおかみさんがな、「お(みゃあ)達はそんなこと言うけえど、どれが、上手にする分らんで、へでまあ、あの子も風呂い()れて、ほいて、着物がなかったら(うち)からでも出してやるさきゃあ、とにかくさしちゃってくれ」言ってなあ、おかみざんが言うんですわな。ほっところが、その、まあ女中さんも、「それもそうだなあ。あれも女子の子だなあ」言うて、ほてまあ灰坊に、「お前もお風呂い()って、ほてまあ、そういうように、人がしなるようにせえ」いうて言んですんだ。ほと、その灰坊が、「(わし)みてゃあな(もん)は、とってもとても、そんなこと及びも沙汰も()ゃあで、恥かくようなもんだで、(こら)えてくれ」言んですん。「ほんなこと言うても、それがまた、どういう拍子でなあ、上手にできる分らんで。とにかくしてみい」言うて。ほてまあ、お風呂へ入れて、顔が綺麗になってなあ貴方(あんた)、風呂い行くと。へえからまあ、「着物もほんなら、誰の貸そか、かれの貸そか」言うてしたら、「いいや。おかし気なんでもなあ、私が持っとりますさきゃあ、私の着物着ます」言うて、へてまあ、自分の着物、良え着物を出ゃあてな、へてまあ着て。へて、そおーと、なかなか落着いた子で、そーと木の上へ上がって、ちょうど、その鶯が止まっとるのを、そうーと、こうしてまあ、折ったんだそうですわ。逃げんだってな、それが。へからまあ、その子は一生懸命になって、汗ぶるぶるきゃあて、そうーと降りてな。へてそれをまあ、ほんなら、その病人さんの、枕元へ持って行けいうことになっとんだはぎゃあで、まあ、あこみゃあけえなあ。降りるな降りたけど、もうとてもあこみゃあけえなあ思いもって、へて汗かきもって、座敷まで行ったらな。へたら、枕元まで行く(あえだ)、その、鶯は立たんと、ちゃんと止まっとったんで、ほいてまあ、それを持って行ったところが、もう皆が手叩(てえたて)ゃあて喜んでなあ、「ほう、この子はほんまに、よう落着いた。まあ、風呂い入ったらこの綺麗な顔」言うて、皆に褒められる程綺麗な子でしてなあ。へからまあ、おかみさんも、こんな灰坊でもなあ、やっぱりその、落着いて、どことなしに様子の良え子だと思ったが、やっぱりその、これの嫁にせえいう、何だそうですわな。ーほで、それが、もしもそういう、鶯が止まって、そこまで持って行かれたら、その子を嫁にとれいう、易者の、(なん)でしたでなあ。ーほで、この子はほんなら、嫁に貰ういうことに、まあ話がついただそうですわ。その、嫁さんになるいうことになったんですわな。ほして、皆で、ほんなら、この子に、いうことが決まったもんだでな。ほいで、その子もまあ承知して、親の(とこ)へもそういうてやりして、へて、その家のお嫁さんにしてもらったんだ。

 へて、その婆やだ言うのが、「若ぇ時に、自分の家におる時に、蟇蛙(ひきがえる)(ひど)い目に会うて、蛇に呑みかけられとるところを、その娘がなあ、いろいろとして、へて、蛇を逃がして、へて、その蟇蛙を助けちゃった。その蟇蛙がお婆さんに化けて、へて、その山の中で暮しとった」言うてな、そういう話でした。それでまあ、いちごぶらりだ。

『京都の昔話』(昭58・京都新聞社)
へわの婿入り  丹後・成願寺

むかし、あるところに、成願寺でたとえましたら酒屋のような大家(おいけ)がありまして、ところがその大家の奥さんがふとした病気がもとで()うなって、それこそもう大家のことですで、あと添えもらわなどもならんだし、まあ子供さんもあるだけど、しょうがない、あとどりもらいました。ところがまあ、このお母さんにも子供さんがでけて、まあお母さんがだんだんとわが子にあと(遺産)やりたいいう欲が出まして、ほいで、先の息子さんも、もうさあなあ、はたちくらいに大きくなっておんなった。
 ほいでまあその家の男衆を呼んで、
「なんとお前に、今日はおりいって頼みがある」言うて。ーーするところが、それは先のお母さんのときからおる男でしてなあ--せからまあ、
「お前におりいって頼みがあるだが、聞いてくれるか」
「ええ奥さん、なんだか知りませんけど、聞かしてもらいますわ。わしの力ででけることならなんでも聞かせてもらいましょう」いうて男衆が言うたら、
「お前にこういうことが頼みたいだが、先の息子をここから()やてしまって、わしの子にこれのあとを継がせたやで、お前の工夫をしてもろうて、この息子をなんとかして殺いてもらいたい」いうことですわ。ほうして、どうして殺すだ。まあそれも二人連れの相談ですわな、奥さんと。
「そうなら、そんに殺すいうたって、そんな切れ物で殺すなんて殺せんしなあ、わしがちょっと思いつきましたが、なぎの日に、まあこの坊っちゃんを舟に乗せて出て、そしてまあ坊っちやんがええかげん沖へ出たころに、うしろからちょっと押して、海にはめて(これ)えてくる」言うて、まあそういう相談がでけたわけですわ。
「お前はまあええ思案した。そういうようにしてくれ」いうことで、それからまあ、なぎのええお天気の日に、
「坊っちゃん、今日は海遊びにいってきましょうか」
「そりゃええこっちや。まあ連れていってもらおう」。
 ほいてまあ、海へ遊びにいくんですわな。それからまあ、だいぶ沖へ出たころに、「そうはいうても、先妻の奥さんに対してもすまんし、この坊っちゃんを今この海へどんぶりはめたではなあ、いかにも(せん)の妻さんにもすまんし、そんなむごいことはできん」と思いましてな、そこで打ち明けるですわな。
「坊っちゃん、実はなあ、こういうことであんたを殺すところだけど、よう聞いておくれえな。先の奥さんの恩があるし、そんな坊っちゃんを海にはめて殺すだなんていう、だいそれたことはわしはとてもでけんので、ほいで、これから坊っちゃん、遠い伊根のほうまで行って、そいて上陸して、あんたはなんとかして、村に乞食(こつじき)なとしておってくれ」いうことですわな。ほいたらまあ、坊っちゃんが、
「ああ、そういうことか。そりやあお母さんが自分の子にあとをやりたいのはあたりまえのこった。そうならわしは、まあなんなりとして、どこへなりとたどり着いておる」
「まあ坊っちゃんぬすまんけど、そうしてくれ」言うて、その坊っちゃんに言い渡して、「またいつの日にか迎えにくる日もあるかもわからへんさかい、まあ楽しみして、この村にあがってなあ、どこへなりとたどり着いてくれ」言うて、せえからまあ、その坊っちゃんをそこへ上げてえて、自分はまた元の村へいぬるですわなあ。
「ああ、奥さんなあ、今日はええなぎで、天気もええだし、坊っちゃんをうしろからどんぶりはめてもどってきた。もう坊っちゃんはわしが命あんばい見とどけてきた。殺いてきた」
「あ、そうかそうか、お前はでかいたことしてくれた」言うてまあ、おるんですわな。
 そうするところが、坊っちゃんは、何するいうたって、まあ乞食するいうたって、乞食する術わからしまへんしなあ。そうかというて、昼になりやあひもじいしなあ、晩になりやあ寝るところがなやし、まあしゃあない、二、三軒まわって、歩いとりました。そうしたところが酒屋のようなかまえの分限者(ぶげんしゃ)の家の女衆(おんな)が出てきて、「あんたは、まだ若けやのに、なにしておんなる。こんなところにうろうろして」言うたら、
「わしはこういうつごうで、この土地に上がって、なんか仕事があったら仕事にありつきたやと思っておるだけど、なんぞええ仕事はこの辺になやだろうか」言うたら、ほいたら、「まあ風呂焚きだ」いうことで、風呂焚きにやとわれておると、昔は木を焚くし、そこらじゅうすすけてなあ、へわ(灰)だらけの顔になりましょうが。へえでみんなが、
「お前はへわ(ゝゝ)いう名にしてやる」言うて。
「まあ、へわでもなんでもかまやせんさかい、置いておくんなれ」。
 まあ、へえで置いてもらって、毎日風呂焚きをしとったですわな。そうしたところが、その大けな家の片隅のほうの部屋のあたりに、常には灯が見えんのに、その部屋にいま灯が見えるですな.そのへわさんが毎晩げしまったら風呂にはいって着物を着替えてーおしまいの湯ですわな.ーへわさんはなにしろ太家の坊っちゃんださかい、こうして書物を読んだりしますわな。なんにもむだなことはせん。そうしておるところが、その家のお嬢さんが、
「常に灯はとぼらんところに灯がとぼるな、まあどういうこったろうな」思って、へえからおしっこに行ったついでに、節穴からのぞいてみるところが、なんとええ男ではないですかな。やっぱしええところの坊っちゃんだで、そなわりもあるし、ちゃんとして書物読んどるなるのを見とると、
「ああ、こりゃあまあ」て、ほろりとしてしまってなあ、どうもそれからは恋い病いになってしまって。へえからまあ、
「どうもこのごろは娘の様子がおかしい。どこか悪いのでなゃあだろうか」言うて、親衆が心配しとんなる。女中に、
「お前、心当たりがないか」問うても、
「そんなことは心当たりがなゃあ」言うし、お医者さんにみてもろうたところが、お医者は、「からだはどっこも別に悪なゃあ」いうて言いなるだし、ほんならこんだ(おが)み屋に拝んでもろうたところが、これも、
「どっこも悪にゃあけども、こりゃあ心の病気だ」。
「そうなら、心の病気ということならどういう病気だろうな」思って、まあ考えて、親衆が「ひょっとしたら娘ももう年ごろだし、これのでっち番頭にちょっと思い当たるのがあるだろうかなあ、まあ、いっぺんそいつをみんなに言ってみてだな、お嬢さんのとこへ行ってみてどれが気に入るだやら、いっぺんそういうことをしてみよう」思って、、一番頭から二番頭、三番頭、でっちに至るまで、
「今日は家の娘がちょっとここの部屋におるで、ちょっと病気見舞いにいってやってほしい」いうことになって。せえたら、ひょっとするとお嬢さんにわしが気に入るで、行ってこうかしらんだ、まあ、みな野心を持つでずわな。ほんださかい、一張羅(いっちょうら)の着物を着て、一番頭がちょいちょいちょいちょい、
「へへへー」言うて行って、ふすまをひょっと開けて、
「お嬢さん、ごめんください。近ごろお嬢さんの気分がすぐれませんそうですが、いかがでございましょう」言うて行くんですわな。それからお母さんはその隣の部屋からそっとその様子を見とりますわな。ところがお嬢さんはひょっと見るなり、
「どっこも悪ない、どうもない」言うて、けんもほろろだな。
「あれまあ、これぁ失格だあ」。
 つぎにまた二番頭が、
「今度はわしが気に入るだろうな」思ってからにまたそこの部屋に行って、同じあいさつをするちゅうと、
「どうもない、どっこも悪ない」言うて、またこれもけんもほろろで。こんだひょっとしたら三番目の番頭さんが気に入るかしらんだ思っとると、そうすると、これもまたお嬢さんがことわるですな。
 ほいで、もうとにかく番頭さんは全部あかん。へえたら女中が言うことには、
「おかみざん、へわも男ですで、へわも行ってもらいましなれな」言うたら、
「へわなんたら、あんなもんがどうなるじゃいな」
「いいや、あのへわも男だで」。
 ほいてまあ、女中が、
「へわやお前もここへ来て、ちゃっと風呂にはいってきれいにして、着物を着替えて、そいてお嬢さんの見舞いにいけ」て、ごうじゃげに言うて命令するですわな。ほいでへわは、「へえ」言うて、へえからまあ、昼風呂にはいってきれいにして、ほいてまあ、その家の衣装を借れて、さあっさあっさっといかにも礼儀正しいかっこうで行きますわな、分限者の息子さんだで、からだに備わりがついて。へえからまあ、さあっと戸を開けて、お嬢さんにちょっとあいさつして。するところが、お嬢さんが、
「へへへへへぇ」言うて、まあ、ええ声で笑うでずわな。お母さんがびっくりしとりました。
それからまあ、お母さんがひょっと見るところが、まあ、「へわや」 「へわや」言うとるそのへわさんの顔が、さあ、あのもんだ、ええ男であって、なかなか落ち着いた人物ですわな。かっこうの悪い、へわの仕事しとるときの顔ばっかし見とるんださかい、お母さんもびっくりしてなあ、
「なんとなあ」と感心して。へからまあ、なにかこの男には由緒があるだろうなあ思って、ほいでひとたび尋ねたんですな。ほいたら、
「実はこうこうこういうことで、この土地へあがって、お宅にお世話になりました」いうてあいさつし、
「まあ風呂焚きもさしてもらいまして、ここに勤めさしてもろうて、ほんとうにわたしは命拾いをしました」言うて、あんばいげに言うて。
 するところが、娘がもう気に入ってしまってするもんで、しやってもその人を迎えんなんことになって、まあ、どなたもこなたも「へわどん」「へわどん」言うとったですけど、それこそ今度は娘さんの若旦那になって、一躍若旦那になって、「へわ」どころの騒ぎじゃにゃあ。
ほれからまあ、そういうことになったら、それ相当の仲人さんを頼んでなあ、もらい受けることになって、どちらもええ旦那衆のお家じゃもんださかい、ごつい荷物ができましてなあ、そうして、婿養子もらわれましてな。            語り手・沢田ヒロ
『ふるさとの民話』(昭和58。丹後町教育委員会)にも、同じ話がある。
『丹後の民話』(昭和56。関西電力)にも同じ話がある。こんな挿図がある↓


以上これらの書はすべて、これらの物語が、まぎれもなくシンデレラ物語だということに気が付いていない様子である。そんなことがあるかと、読み返してみるが、シンデレラのシもない。

しかし考えさせられのは、別個に各地で独自に生まれたとも思えぬ、スジの似たハナシで、どこからか伝わってきたものが、丹後に定着して、それが今に伝わるであろう。一体ダレがいつ伝えたものなのだろう?
何でも知っているツモリのワレラが、ツユ知らぬとんでもないワレラの過去がありそうである。何でも知っているツモリなどは認識違いの根拠のない傲慢で愚かな思い上がりでしかないことがわかる、ワレラはこんなことすらも知らない無知な子供のようである。「無知を知る」ことからまずは始めたいものである。

柳田国男「昔話と文学」
 シンドレラの継子は日本でも、竈の側で灰によごれて日を送って居るが、是には西洋のやうな灰かつぎといふ類の名は無く、ただ「姥皮」といふ衣裳を身に纏うて、きたない老女に化けて長者の家に働くといふ時ばかり、之を臺所の火焚き婆さんなどと呼んで居る。ところが一方には是を男性に置換へた一話があって、由ある大家の和子樣が戀の爲に、又は親に惜まれて流寓する際に、姿をやつして長者の家に雇はれ、其名を灰坊太郎といふことになって居る。灰坊太郎の出世は必ず聟入であった。他の二人の尋常なる姉聟が、一應は舅姑に賞玩せられた後に、出て来る三人目の灰坊太郎が、きっと恥かくと思はれた豫期に反して、光り燿くやうな若侍となって身元を名のる所は、くはしく叙述せられるなら日本のローヘングリンであったのだが、今では夢の濃かな娘たちにも、既にこの話を知って居ない者が多い。つまりは近世の口承文藝が、笑ひを先途として此前を驅けて通ったのである。

(放送二題)(鳥言葉の昔話 日本の昔話は、もうよほど前から衰頽期に入って居ります。桃太郎とか猿蟹とかカチカチ山とかいふ。子供のよく知って居る五つ六つの改良した童話と、ごく短い愚か聟などの笑ひ話の若干を除けば、田舍に行きましても、昔話を教へてくれる年寄が尠なくなりました。三十そこそこの女の人などで、幾つでも話を覺えて居るといふのは、まづ非凡の部に我々は數へて居ります。ところが此頃になって漸う判って来たことは、斯んな流行おくれの前代の遺り物が、不思議にも世界の諸民族の持って居る民間説話と、非常によく似通うて居るのであります。たとへばグリムの家庭児童説話集だけで見ましても、粟袋米袋、即ち普通シンドレラの名で知られて居る継子話とか、手無し娘とか、猫と鼠とか、藁と豆と炭火の話とかの、九分通りまで同じものが十幾つもあり、一部分だけ似て居るといふのを加へると五十以上、或は六十を超えるときへ謂って居る人があります。世界といっても、多いのは印度から西欧羅巴の諸國が主でありますが、是はこの區域が昔話の最も細かく調査せられて居る土地である爲で、其以外の土地でも、新たに採集した本が出ますと、必ずその中には若干の類例が現はれます。人種が同じだから、又はもと一ところに住んで居たからといふわけでは決してありません。時の順序から申しますと、印度にあるものが最も古く、又證據も色々と殘つて居ますが、それは此國に夙く文化が榮え、書いたものが多く傳はったといふのみで、他にも根元があったといふことを、豫め想定する理由にならぬのであります。たゞ斯ういふ互ひによく似通うた昔話が、偶然に無關係に生れたといふことは、想像し難いだけであります。


(参考)

糠福米福


『日本昔話百選』(2003。三省堂)
糠福と米福
 むかし、あるところに糠福(ぬかふく)と米福という二人の姉妹があった。姉の糠福はいまのお(かあ)には継子で妹の米福は本当の子だったから、母親はいつも米福にばがり、ええ着物を着せるわ、うまいものを食わせるわして、かわいがっていた。その上、何とかして、憎い糠福を家から追い出してやろうと思っていた。ある秋の日のこんだ。
 「お前ら、今日は風が吹くから、山へ栗拾いに行ってこう。この袋がいっぱいになったらば帰ってこう」
そう言って母親は糠福には底に穴のあいた袋をやり、米福にはいい袋を持たせたと。そうして、米福にそっと、「お前はいつも姉さんの後ばっかり歩け」と言いきかせだ。
 二人は山へ行って、糠福が先になり、米福は後になって栗拾いを始めた。糠福が、「おら、栗、拾った」と言いながら袋へ入れると、すぐに抜け落ちてしまう。そこを米福が、「おらも栗、拾った」と袋へしまうから、糠福は、いくら拾ってももってしまってたまらないし、米福の袋はすぐにいっぱいになった。
 「糠福、糠福、もう家へ帰ろうや」
妹が言うと姉は困った顔でことわった。
 「おらのは、なぜだか少しもたまらぬから、このまま帰ってはお母に叱られる。お前は一足先に帰ってくりょう」。
 「ほんじゃあ」と、妹は姉を待たずに山を下ってしまった。
 糠福は、ひとり残って山で栗を拾っていたが、やがて日が暮れて、すっかり暗くなってしまった。
ふと向こうを見やると、遠くにあかりが、ちかんちかんと見えたと。そのあかりを頼りに、歩いて行ってみると、それは山ばんばの家で、あばら屋の中に髪をぼうぼう乱した山ばんばがいて、糸車をビンビン回しながら糸をとっていた。糠福が、
 「婆ばんば、暗くなって困るん。ぜひ一晩泊めておくんなって」
って頼むと、山ばんばは、
 「そうか。泊めてやるにはやるが、おらの家は夜になると鬼が来るから、この中にはいっていろ」
と言うと、糠福を土間にしゃがませ、「どんなことがあっても声をたてるんじゃあねえぞ」と言い
聞かせ、大きな八斗桶をポンと伏せた。
 夜なかごろにもなると、ズシン、ズシンと地響きをさせて、鬼が大勢やって来て、
 「ばんばあ、しゃばの人臭え。ばんばあ、しゃばのさかな臭え」
と、鼻でそこいらをフスフスかぎ回った。糠福は、おっかなくて桶の中でふるえていたが、いいあんばいに山ばんばが、
 「このばかども、何もおりはせんぞ。さあ、帰れ、帰れ」
と鬼どもを追っばらってくれた。
 夜があけると、山ばんばは桶から糠福を出してくれた。糠福は、おかげて命拾いをして、「ありがとうごいす」と礼を言うと、山ばんばは、
 「なんのなんの。それより、おれん頭のしらみを取ってくりょう」
と、髪の毛のもつれきった頭をさし出した。糠福が、「しらみぐらいなんぼでも取ってやるぞ」と山ばんばの頭をすいてやると、髪の毛の間に蛇やむかでの子がいっばいいた。糠福は竹を削って串をこしらえ、その蛇やむかでを突き通しちや殺し、突き通しちや殺し、みな殺してやった。山ばんばは。
 「お前のおかげで今夜ほどええ気持になったことはねえ。このまま死んでもええくらいだわい」
とひどく喜んで、夕飯を食わせてくれて、寝た。あくる朝になると、山ばんばは、袋の底を縫ってくれ、栗をいっばい入れてくれた。その上、しらみを取ったほうびに、叩けば何でもほしいものが出るという福槌を一つくれた。帰る時になると、「さあ、そっちの道を行けばゆんべの鬼がいるから、こっちを行け」と道までよっく教えてくれた。糠福は途中でためしに、
 「栗よ一袋出ろ、栗よ一袋出よ」
と言って福槌を叩いてみた。すると栗が一袋、ごろっと出て来た。喜んだ糠福はそれも持って家に帰った。
 あくる日は村のお祭で芝居が来ることになっていた。母親と米福は朝からいい着物を着るやらお化粧をするやら大さわぎして仕度をすると、
 「糠福、糠福、おれと米福は、ちょっくらお祭に行ってくるから、お前は家で留守番をしていろ。おれたちが帰るまでに、かまどに火を燃しつけて、湯を沸かしておけ。飯も煮ておけ」
と言いつけて出て行った。
 糠福が家で炭まみれになって、言いつかったとおりに働いていると、神さまが回って来てこう言った。
 「糠福や、お前も芝居見に行きてえが。行きたきゃ行ってこう。その間におれが何でも用をたしてやるからな」。
 糠福はうれしくてうれしくて、
 「はい、ありがとうごいす。ほんじゃあちょっくら行ってくるから、すまんけどお頼みもうしやす」
と言って神さまにあとを頼み、自分は山ばんばからもらったお宝の福槌をとり出して、 「床屋、出ろ。着物も出ろ。お駕籠も出ろ」
と言って叩くと、床屋も着物もお駕籠も、そっくり出てきた。糠福がその床屋に髪をゆってもらい、いい着物を着てこしらえると、見違えるように美しい娘になった。
 それからお駕籠に乗って芝居見物に行くと、向こうの桟敷にお母と妹が座っているのが見えた。
糠福はまんじゅうを買って食べ皮を妹にぶっつけると、妹ははっと糠福の方を見て、
 「お母、あれあそこに姉さんが来ている」
とささやいた。けれどもお母は、
 「そんなはずはねえ。あれはいまごろ家で炭っころばしになって働いているら」
と気にしなかった。糠福がまた菓子を買って食べ、袋を妹にぶっつけると、妹は、「お母、姉さんがまた袋をぶっつけたぞ」と言ったが、母親は、「ばかを言うもんでねえ。あれはどこかのお屋敷のお嬢さんずら」ととり合わなかった。芝居見物の衆は糠福があんまりきれいだったから、糠福の方ばかり見とれて、どこのお屋敷のお嬢さまかとうわさし合った。
 糠福はまだ芝居が終わりきらないうちに帰って来て、元どおりの汚い姿になって家の中で働いていた。そこへお母が米福を連れて帰って来て、
 「ほれみろ、やっばり糠福は家にいるしゃあねえが。どうだ福、言いつけた仕事はみなできたか」
と聞いた。神さまが何もかもやっていてくれたから、糠福は、「はい、湯も沸いていやす。飯も煮えていやす」と返事ができた。
 そこへ隣村の長者の家から、一人息子が、「今日、芝居を見に行った娘を、ぜひ嫁にもらいたい」
と尋ねて来た。長者の息子は見物衆の中にいて、糠福があんまりきれいなので目をつけて、「あれはどこの家の娘か」と若い衆にあとをつけさしておいたのだ。お母は喜んで、「これがその娘でごいす」と、米福を、うんとしゃれらかして連れて来た。けれども長者の息子はかぶりを振って、
 「これは違う。いま一人の娘を出してくれ」
と言った。
 「いや、あれは汚い下女で、とても長者さんの嫁になれるような女じゃあねえが」
と、しぶしぶ糠福を連れて来た。息子は炭っころばしの娘を一目見るなり、
 「ああ、これだ、これだ。この娘をもらって行く」
と言ったから、糠福は、あわてて「ちょっくら待っておくんなって」と言いながら、ものかげに走りこんで福槌をとり出した。
 「床屋、出ろ。着物も出ろ。お駕籠も出ろ」
と言って叩いたらば、みんなぽんぽん出て来たので、床屋で髪をゆってもらい、いい着物を着てお
つくりをすると、見ちげえるように美しい娘になった。母親と米福がたまげているうちに、糠福は、
「ではお母さん、お世話になりやした」
と言ったきり、お駕籠に乗って、長者の息子に連れられてさっさと行ってしまった。
 さあ、これを見た母親が、くやしかったのなんの、とうとう妹娘を臼で磨りつぶしてしまったそうだ。
 それもそれっきりい。
                 -山梨県西八代郡-


*解説
   シンデレラの話といえば知らない人かないほど、人類共有の昔話である。日本では平安時代の『住吉物語』、中国では九世紀、ヨーロッパでは一六世紀の記録がある。「糠福米福」「米福粟福」は別名であり、「紅皿欠皿」も同系の継子話である。










 音の玉手箱
 精神に翼をあたえ、創造力に高揚を授ける、音の宝石


Тумбалалайка :トゥムバラライカ




ロシア語の辞書を引いても出てこない、ロシア語ではないのかも… たぶん「小さなバラライカ」の意。
歌詞の意味は、Тумбалалайка



Тумбалалайка - YouTube
Народный ансамбль еврейского танца "Яхад" - Тумбалалайка 01.06.2018 - YouTube
Иосиф Кобзон и хор Турецкого - Тум балалайка (Юбилей 80 лет) - YouTube
42 Ансамбль "ВАДЮШИНЫ ДЕТИ" - Тумбалалайка - YouTube
Tumbalalaika - Subtítulos en español - Música en DelaCole.com - YouTube
Tumbalalaika - Di Goldene Pave @ Blue Note - YouTube
Tumbalalaika - cover [Lyric&日本語意訳]"Тум-балалайка"טום־באַלאַלײַקע" - YouTube

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